ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

世界的に有名な、

スピリチュアルマスター

エックハルト・トールさんのベストセラー

 

ニュー・アース

 

 

を紹介しています。

 

この本、

多くの示唆を与えてくれる

素晴らしい内容なのですが、

 

ただ、

読み解くのに少々骨が折れます(^^;

 

私なりにかみ砕いて、

有益だと思ったところを、

紹介・解説していきますね。

 

 

 

人は、

「エゴ」を本当の自分だと

誤解しているといいます。

 

この本では、

「エゴ」とは、

単純に「自我」という意味ではなく、

 

無意識の、

(自動)思考、妄想、欲望・・・

などのことを指しますが、

 

この「エゴ」というものは、

それ自体では存在できないんですね。

 

何かに自分を

「同一化」するといいます。

 

それによって、

「機能不全」が生じるのですが、

 

その何かとは、モノだけでなく、

地位や名誉といった

「役割」も含まれるのです(^^;

 

 

この世界では

人々はそれぞれ

さまざまな機能を果たしている。

 

それが当然だ。

 

知的、肉体的な能力

 

― 知識、技能、才能、

エネルギーレベル ―

 

は人によって

大きく違う。

 

ほんとうに大事なのは

この世界でどのような機能を

果たすかではなく、

 

その機能への

自分の同一化がゆき過ぎて

機能や仕事が役割になり、

その役割に

なりきってはいないか、

 

ということだ。

 

 

役割になり切るのは、

悪いことではないような

気もしますが・・・

 

何か問題があるのでしょうか。

 

 

役割になりきってしまうと、

無意識になる。

 

あ、役割を演じているな

と意識をすると、

自分と役割に

距離が生まれる。

 

それが役割からの

解放の始まりだ。

 

 

「役割を、演じている」

と「意識」をする、

 

いわば、

眺めるのですね。

 

 

完全に自分を

役割に同一化していると、

 

行動パターンと

自分自身を混同し、

自分を深刻に

受けとめてしまう。

 

さらに他人にも

自分の役割に見合った役割を

自動的に振り当てる。

 

たとえばあなたが

医者にかかったとして、

 

相手が医師という役割に

完全に自分を同一化していれば、

 

彼らにとって

あなたは人間ではなくて患者、

症状の一つでしかない。

 

 

なるほど・・・

 

過去ブログにも

書いたことがありますが、

「役割の同一化」とは、

 

たとえば、

会社などの組織で役割的に

ちょっと偉くなったりすると、

 

お店や家庭内といった、

会社以外の場所でも、

偉そうに振る舞ってしまう

ことですね(^^;

(自戒)

 

 

現代の社会構造は

昔ほど硬直していない

といっても、

 

人々が簡単に

自分を同一化し、

エゴの一部として

取り込んでしまう

 

さまざまな既成の

機能や役割がある。

 

そのために

人間関係は真正なもので

なくなり、

 

人間味を失い、

疎外感を伴う。

 

この既成の役割は

ある種の心地よい

アイデンティティを

与えてくれるかもしれないが、

 

結局は

自分を失う結果になる。

 

軍隊や教会、

役所、大企業などの

階級組織における機能は、

 

簡単に役割としての

アイデンティティと化す。

 

役割になりきって

自分を失うと、

 

ほんとうに人間らしい

つきあいはできない。

 

 

「役割」という名のエゴに、

自分が乗っ取られないように、

 

「役割」にどっぷりつかることなく、

時と場所によって、

意識して距離を置くことも必要ですね。

 

 

実際、

すぐれた仕事をしている人たちは、

仕事をしている時に、

エゴから解放されているといいます。

 

そういう人は、

仕事をしているときには、

完全に「いまに在る」のです。

 

 

私は教師や芸術家、

看護師、医師、科学者、

ソーシャルワーカー、

ウェイター、ヘアドレッサー、

会社のオーナー、

セールスマンなど、

 

自分探しなどしないで、

その瞬間瞬間に

求められることに充分に応え、

賞賛すべき仕事を

成し遂げている人たちに

会ってきた。

 

彼らは仕事とひとつになり、

「いま」とひとつになり、

 

ともにいる人たちや

遂行している業務と

ひとつになっている。

 

(中略)

 

エゴに邪魔されずに

仕事をする人が

大成功するのも

不思議ではない。

 

自分がしていることと

ひとつになれる人は、

新しい地を築く。

 

 

この本では、

エゴに乗っ取られないためには、

 

「いま」とひとつになる

 

ことが重要だと、

繰り返し述べられていますが、

 

仕事でもそうなんですね。

 

「役割」や「名誉」

「地位」や「立場」ではなく、

 

「いま・ここ」の瞬間に集中して、

「ともにいる人たち」や、

「遂行している業務」と、

ひとつになる。

 

それが優れた仕事をために

必要なんですね(^^)

 

 

技術的には優秀なのに、

いつもエゴが

仕事を邪魔している人たちも

大勢知っている。

 

この人たちは

関心の一部だけが

仕事に向かっている。

 

他の部分は

自分自身に

向けられているからだ。

 

彼らのエゴは

認められたがり、

充分な承認が得られないと

恨みがましくなって、

エネルギーを無駄遣いする。

 

しかも

充分認められることなど

あり得ない。

 

「誰かが私より

認められているのではないか?」

 

 

どきっ・・・

これ私の中にもある?

 

 

あるいは利益や権力に

関心が集中して、

 

仕事が目的のための

手段になっている。

 

目的のための

手段と化した仕事には、

質の高さは望めない。

 

こういう人たちは

仕事で障害や困難にぶつかり、

ものごとが予想どおりに

ならないと、

 

または

他人や状況が不利に働いて

協力的ではなくなると、

 

新しい状況とひとつになって

現在の要請に応えるのではなく、

 

状況と対立し、

自分をそこから引き離す。

 

 

利益や権力が目的になると、

 

仕事で障害や困難が生じると、

それに抵抗してしまうんですね・・・

 

 

個人的にむかついたり

恨みがましくなった

「私」に、

 

無駄な抵抗や怒りに

多大のエネルギーが

費やされる。

 

ほんとうはそのエネルギーを

問題解決に注げばいいのに、

エゴが乱用してしまう。

 

しかもこの「抵抗」的な

エネルギーは、

 

新たな障害、

新たな対立を生み出す。

 

実は多くの人にとって

最大の敵は

自分自身なのだ。

 

 

つまり、

この「抵抗」的なエネルギーとは、

 

エゴが、

いわゆる保身に走ること、

そのために、

自己正当化するということでしょうか。

 

または、

エゴが、

プライドを傷つけられたと思いこみ、

「私を認めろ!」

と主張することでしょうか。

 

せっかっくのエネルギーを

問題解決に使うのではなく、

自己正当化や

承認欲求に使ってしまう・・・

 

「組織あるある」ですね(^^;

 

最大の敵は、

他人ではなく、自分自身、

すなわち、

自分の中にある「エゴ」。

 

耳が痛いですが、

その通りだと思います(^^;

 

 

「エゴ」に自分が

乗っ取らないようにするためにも、

 

「いま・ここ」の仕事に集中する。

 

そして、

「ともにいる人たち」や、

「目の前のプロセス」とひとつになる。

 

忘れずにいたいです😊

 

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます(^^;

 

 

 

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おまけ

 

 

久しぶりに伊勢神宮(内宮)に参拝しました!

 

 

 

 

宇治橋より、五十鈴川(いすずがわ)。

 

 

 

御手洗場、清らかな流れでした。

 

 

 

あまり時間がなく、

しかも、

あいにくの雨模様でしたが、

 

やはり、内宮の森は、

空気感が違いました!

 

有り難うございました🍀