ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

吉野源三郎さんのロングセラー、

 

君たちはどう生きるか

(岩波文庫)

 

 

を紹介、解説しています。

 

今回で3回目になります(^^)

 

この本は、

旧制中学(今の高校生くらい)の学生である、

コペル君が、

学校での様々な出来事によって

成長していくという物語なのですが、

 

その中で、

ある雪の日に、

コペル君にとって、

とてもショッキングな出来事が

起きるんですね。

 

どんな出来事かというと・・・

 

ここは物語のクライマックスなので、

ネタバレ防止で、紹介できませんが(^^;

(是非、本書をお読みください)

 

兎にも角にも、

コペル君は、

すごい「自己嫌悪」に陥ってしまうのです。

 

 

卑怯者

 卑怯者

  卑怯者

 

 

余りに落ち込み過ぎて、

熱を出して、

寝込んでしまいます・・・

 

・・・そんなコペル君に対して、

お母さんが、

「石段の思い出」

というのを語ります。

 

そこを引用いたします。

 

 

「それはね。

お母さんがまだ

女学校にいっていた

頃のことなの。

 

お母さんは、

学校の帰りに

わざと廻り道をして、

湯島の天神下に出て、

それから天神様を

通り抜けて、

本郷のおうちに

帰ってくることが

よくあったの。

 

そんなときには、

きまって、

あの天神様の

裏の石段を登って、

境内に出たものでした。

 

 

学問の神様で有名な、

東京の湯島天神ですね。

 

私もだいぶ前に、

行ったことがありますが、

たしか、実際に、

石段があった記憶があります。

 

 

ある日、

お母さんが

その石段を登りかけたとき、

見ると一人のおばあさんが、

木綿の風呂敷包みを

片手に下げて、

お母さんより

五、六段先を登って

ゆくところでした。

 

(中略)

 

コウモリ傘を杖に、

ヤットコサと石段を

登ってゆくのよ。

 

風呂敷包みの中は

何か知れなかったけど、

小さい割に

ずいぶん重そうなの。

 

(中略)

 

で、

二、三段のぼっては休み、

二、三段のぼっては休み、

休むたんびに腰をのばして、

それからまた、

エッチラオッチラと

のぼってゆくのね。

 

お母さんは

なんだか

見ていられないような

気がして来ました。

 

 

私が、何故、

この箇所を引用したかというと、

実は、私も、

たしか1年くらい前ですが、

自宅付近の長い階段で、

まさに、

同じような場面に遭遇したのです(^^;

 

おばあさんが、

五、六段先を、

重い荷物を持って、

エッチラオッチラ登っていた・・・

 

 

こりゃあ、

あの荷物を持って

あげなきゃいけない。

 

お母さんはそう考えたの。

 

(中略)

 

おばあさんが

中途でとまって、

やれやれと

腰をのばしているとき、

おかあさんは、

そのそばに

走りよろうと思ったのよ。

 

ところが、

その途端に、

おばあさんも歩き出したの。

 

(中略)

 

こんどおばあさんが

休んだら、

そのとき、

そばにいって、

「おばあさん、

もってあげましょうか」

と言い出そう。

 

そう考えて、

お母さんはあとから

ついていったんです。

 

ところが、

おばあさんが立ちどまった

ときになると、

なにかきまりの悪いような

気がして来て、

すぐにトントンと

駆け上ってゆけないの。

 

どうしようかな、

と考えているうちに、

また、おばあさんは、

なんにも見向きもしない様子で、

石段をのぼりはじめて

しまいました。

 

(中略)

 

そんなことを二、三回

繰りかえしているうちに、

何しろ、

そうたくさんもない石段でしょう、

 

とうとうおばあさんは、

石段をのぼり切ってしまったの。

・・・

 

 

ちなみに、

私の場合は、

ちょっと迷った挙句に・・・

 

速足で、おばあさんを抜かして、

目も合わせずに、

通り過ぎてしまいましたが(^^;

 

やっぱり、

なにか後味が悪いというか、

罪悪感を感じました。

 

 

このことは、

妙に深くお母さんの

心に残ったんです。

 

そのときも、

おばあさんに別れて、

ひとりでおうちに

帰ってくる途中、

歩きながらいろいろ

そのことを考えました。

 

なぜ思い立ったとき、

すぐに

駈け出さなかったんだろう、

なぜ心に思ったとおりに

してあげられなかったんだろう

って、

 

そう思うと、

自分がたいへん

悪いことをしてしまったような

気がして来るのね。

 

それに、

石段をあがり切って

しまった以上、

折角の自分の心持も、

もうなんにもならないでしょう。

 

もう、

心に思ったそのことをする機会は、

二度と来ないのでしょう。

 

(中略)

 

―ほんの些細なことでしたけど、

お母さんは、

やっぱり後悔したのです。

・・・

 

 

・・・

共感します(^^;

 

 

潤一さん。

(=コペル君)

大人になっても、

ああ、なぜあのとき、

心に思ったとおり

してしまわなかったんだろうと、

残念な気持ちで

思いかえすことは、

よくあるものなのよ。

 

どんな人だって、

しみじみ自分を

振り返ってみたら、

みんなそんな思い出を

一つや二つ

もっているでしょう。

 

大人になればなるほど、

子供の頃よりは、

もっと大きなことで、

もっと取りかえしが

つかないことで、

そういう思いをすることが

あるものなの。

 

 

私も、

ふとしたことで、

 

「あの時、ああしておけばよかった・・・」

「あの時、あの人を傷つけてしまった・・・」

「あの時、見て見ぬふりをしてしまった・・・」

 

と、思い出して、

後悔することが、

たくさんあります・・・

 

意外と忘れないものです。

 

ああ、自己嫌悪・・・

 

 

「でもね、潤一さん、

石段の思い出は、

お母さんには

厭な思い出じゃあないの。

 

そりゃ、

お母さんには、

ああすればよかった、

こうすればよかったって、

あとから悔むことが

たくさんあるけれど、

 

でも、

「あのときああして、

ほんとによかった」

と思うことだって、

ないわけじゃあありません。

 

それは

損得から考えて

そういうんじゃあ

ないんですよ。

 

自分の心の中の

温かい気持ちや

きれいな気持ちを、

そのまま行いにあわらして、

あとから、

ああよかったと

思ったことが、

それでも

少しはあるってことなの。

 

そうして、

今になってそれを考えて見ると、

それはみんな、

あの石段の思い出の

おかげのように

思われるんです。

 

ほんとにそうよ。

あの石段の思い出が

なかったら、

お母さんは、

自分の心の中の

よいものや

きれいなものを、

今ほども生かして来ることが

出来なかったでしょう。

 

人間の一生のうちに出会う

一つ一つの出来事が、

みんな一回限りのもので、

二度と繰りかえすことはないのだと

いうことも、

 

―だから、

その時、その時に、

自分の中のきれいな心を

しっかりと生かしてゆかなければ

いけないのだということも、

あの時の思い出がなかったら、

ずっとあとまで、

気がつかないでしまったかも

知れないんです。

 

 

そうですね・・・

 

人は、何度か、

後悔したり、

自己嫌悪に陥るような

経験をして初めて、

 

自分の中の良心を、

素直に生かす勇気を

持てるのかもしれません。

 

何度か紹介した、

遠藤周作さんの小説の中にも、

このテーマが

よく含まれていると感じます。

 

 

「潤一さんもね、

いつかお母さんと

同じようなことを

経験しやしないかと思うの。

 

ひょっとしたら、

お母さんよりも、

もっともっとつらいことで、

後悔を味わうかも知れない

と思うの。

 

でも、潤一さん、

そんな事があっても、

それは決して損には

ならないのよ。

 

その事だけを考えれば、

そりゃあ

取りかえしがつかないけど、

その後悔のおかげで、

人間として肝心なことを、

心にしみとおるようにして

知れば、

その経験は

無駄じゃあないんです。

 

それから後の生活が、

そのおかげで、

前よりもずっとしっかりとした、

深みのあるものになるんです。

 

潤一さんが、

それだけ人間として

偉くなるんです。

 

だから、

どんなときにも、

自分に絶望したりしては

いけないんですよ。

 

そうして

潤一さんが立ち直って来れば、

その潤一さんの立派なことは―、

 

そう、

誰かがきっと知ってくれます。

 

人間が知ってくれない場合でも、

神様は、ちゃんと

見ていて下さるでしょう。」

 

 

う~ん・・・

救われるメッセージですね。

 

「その経験は無駄じゃあない」

 

「どんなときにも、

自分に絶望したりしてはいけない」

 

心に刻んでおきたいです(^^;

 

 

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次回に続きますね。

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

 

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おまけ

 

東京・世田谷区奥沢の

知る人ぞ知るお寺。

 

九品仏浄真寺

(くほんぶつ)

 

迫力ある九品(9体)の阿弥陀如来さまと

釈迦如来さまがいらっしゃいます。

 

 

 

この先の閻魔堂でお賽銭を入れると、

閻魔さまの有り難いお告げが

大音量で聞けますよ😲

 

 

 

 

本堂前に白鷺のモニュメントがあります。

逸話が切ないです。

 

 

 

 

今は真冬で殺風景ですが、

とても美しい境内です。

(特に紅葉や新緑の時期は

すばらしいです!)

 

けっこう広々としていて、

気持ちがいいです。

 

特に仏像(大仏)好きの方は是非!