ご訪問くださいまして、

有り難うございます(^^)

 

五木寛之さんのロングセラー、

大河の一滴

で印象に残ったところを、

紹介しています。

 

今回で、5回目になります(^^;

 

<あれか、これか>

という二者択一ではなく、

<あれも、これも>

という包括的な生き方をするほうが

いいのではないか―

ということなのです。

本には、

デンマークの哲学者キルケゴールの

「あれか、これか」

という著書のタイトルが紹介されていますが、

この、「白、黒はっきりさせる」

というのは、

いかにも西洋的な発想ですよね。

 

私は、若い頃、

(いや、今でも少しありますが)

「白、黒はっきりさせる」

というのは、ある意味、

決断力があって、男らしいという感じがして、

ちょっと憧れていました(^^;

 

対して、

「あれも、これも」

というのは、東洋的な発想ですよね。

 

私は、最近、

こちらのほうに、

より共感するようになってきました。

 

ぼくもまた無意識のうちに、

いつも

<あれか、これか>

の選択をしてきたという覚えがあります。

しかし、

あれか、これかを選択するのは、

ぼくのような生来なまけ者で

いいかげんな人間にとっては、

大変な苦痛なのです。

はたして、

これをとって、

あれを排除し切り捨てていいものなのだろうか。

同感です(^^;

 

そして考えたのが、

<あれか、これか>

の選択をせずに

生きてゆけないものか、

ということです。

<あれも、これも>

人生に大切なこととして抱え込んだら、

どうなるのか。

 

光があれば影があり、

プラスがあればマイナスがある。

生があれば必ず死がある。

人間の生命の本質は、

これら両極のものが混ざりあったところに

あるのではないでしょうか。

 

あれもこれも、

と抱えこんで生じる混沌を認め、

もう少しいいかげんになることによって、

たおやかな融通無碍(ゆうずうむげ)

の境地をつくることが、

枯れかけた生命力を

いきいきと復活させることに

なるのではないでしょうか。

そうですね。

<あれも、これも>

のほうが人生楽しめそうですね(^^)

 

ちなみに、

「融通無碍」(ゆうずうむげ)

 

ちょっと難しい言葉ですが、

調べたら、

行動や考えが何の障害もなく、

自由で伸び伸びしている。

という意味でした(^^;

 

ちなみに、パナソニックの創業者、

松下幸之助さんは、

素直な心の動きのひとつが、融通無碍。

たとえば、

「流れる水は、

いかなる障害物に出会おうとも少しも苦にせず、

サラリと回って流れ続けます」

とおっしゃっています。

 

本には、

多田富雄さんの、

「免疫の意味論」

が、紹介されています。

 

免疫というシステムは、

異物を拒絶するだけでなく、

実は、その異物と共存する作用も

もちあわせているといいます。

 

たとえば、

母親の胎内にできた新しい子どもの生命は、

母親という<自己>にとっては、

<非自己>なのですが、

それがどうして拒絶されないかといえば、

免疫の中に

<トレランス>(寛容)

というはたらきがあり、

単になんでも排除するだけでなく、

自己のなかに非自己を共存させていく側面も

じつはもっているというのです。

 

この免疫系の<寛容>というはたらきから、

世の中の問題を考えていくと、

意外な光景が見えてくるような気がします。

今、新型コロナの時代、

自粛警察という言葉もあるように、

どうしても、ぎすぎすしがちな世の中ですが、

そんな時代だからこそ、

<寛容>

という精神も大切なのかもしれません。

(もちろん、最大限の予防が必要なのは

いうまでもありませんが)

 

あれもこれも、

生も死も、

光も影も、

喜びも悲しみも、

みんな抱えこんで生ずる混沌を認め、

もう少しいいかげんに行儀悪くなって、

たおやかな融通無碍の境地をつくることが、

枯れかけた生命力をいきいくと復活させ、

不安と無気力のただよう時代の空気に

エネルギーをあたえることに

なるのではないか。

時代の空気だけでなく、

私たち個々の心の中も、

同じ事が言えると思います(^^)

 

心の中の混沌を認め、

さまざまな感情を感じて味わうことができれば、

生きる力が少しずつ

湧いてくるような気がします。

 

 

今回もお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回へ続きます(^^;