
大阪市立おとしよりすこやかセンター南部館
施設長:中澤秀夫医師
2017年
3月23日
老人M阪南病院へ入院
入院時、最長3ヶ月間の入院の許可を約束されるが、1ヶ月も経たないうちに1日も早く次の受け入れ先を探すようにと主治医に言われる
▼とにかく早くと急かされた
老人Mがインスリン注射をしていたため特養は不可
老健を担当者2人包括支援のKと辻外科病院介護サ-ビスセンタ-のYが探す
▼施設探しにあたって第1希望に「質の良い職員さんがいる所」を挙げ、承諾された。入所前の調査はできないなどの説明はなかった。
4月
担当者が老健のパンフレットを2冊持って来る
1冊が大阪市立の老健のものであった為
ここにすると老人Mの娘が決める
娘は調査は済んでいると思っていた
5月初め
すこやかセンター内で相談員Fと老人Mの娘が面談
包括支援のKが同席
相談員F
【老健内にメマリーは無い】と発言する
メマリー以外の薬については
阪南病院処方の薬と同じ成分の薬が老健内にあるので
病院からの持参薬が切れたらそれを老人Mに投与しますと約束
メマリーが無くなった後の対応として
相談員Fの説明では
【家族の意向で病院を受診する場合は退所して下さい】という事だった
その後日付は不明で老健の誰が言ったのかも不明だが
老人Mの娘は
「無いと言ってたお薬ありますので大丈夫です」と肉声で聞く
記憶が確かでは無いが入所前に聞いているので老健のケアマネMから聞いた可能性が高い
包括支援のKも老健の職員から(誰だったかは未確認)「メマリーに代わるお薬があります」と聞いており報告書に記載している
▼つまりメマリー切れの為に退所しなくてもよいと娘と包括両者は認識していた
5月8日
老人M、娘に付き添われ阪南病院からすこやかセンターへ転所
認知症中等度以上、身体的な障害の無い状態(歩行障害なし・奇形なし)で老健に入所する
▼要介護3、車椅子不要
6月6日
阪南病院から出た薬が全て無くなる最終日
6月7日
薬が老健内の薬に差し替えられる
①メマリ-20mgは処方継続されず
②ル-ラン4mgがリスパダ-ル1mgに差し替えられる
※①②について、娘は後で知り正式な説明は一切受けなかった
メマリーが無くなった後の対応として
相談員Fの説明では
【家族の意向で病院を受診する場合は退所して下さい】という事だった
その後日付は不明で老健の誰が言ったのかも不明だが
老人Mの娘は
「無いと言ってたお薬ありますので大丈夫です」と肉声で聞く
記憶が確かでは無いが入所前に聞いているので老健のケアマネMから聞いた可能性が高い
包括支援のKも老健の職員から(誰だったかは未確認)「メマリーに代わるお薬があります」と聞いており報告書に記載している
▼つまりメマリー切れの為に退所しなくてもよいと娘と包括両者は認識していた
5月8日
老人M、娘に付き添われ阪南病院からすこやかセンターへ転所
認知症中等度以上、身体的な障害の無い状態(歩行障害なし・奇形なし)で老健に入所する
▼要介護3、車椅子不要
6月6日
阪南病院から出た薬が全て無くなる最終日
6月7日
薬が老健内の薬に差し替えられる
①メマリ-20mgは処方継続されず
②ル-ラン4mgがリスパダ-ル1mgに差し替えられる
※①②について、娘は後で知り正式な説明は一切受けなかった
両者とも1日の投与量
7月8日
老人Mの娘初面会に老健へ
酷い猫背になり
顔面の3分の1が紫色になって
ソファーに横たわっている老人Mを発見する
話しかけると
頭が前にのめり込んでいるため
しょぼしょぼと小声でしか話せなかった
「トイレに行きたい」と言って突然立ち上がり歩き出したが
真っ直ぐに歩行できずゆらりゆらりと歩き今にも倒れそうであった
娘は老人が【虐待】を受けたのかも知れないと思ったので職員の誰にも老人がなぜこんな姿になってしまったのか聞くことができなかった
帰り際に老健看護師から
ル-ランの代わりにリスパダ-ルを老人に服用させていると聞く
娘は精神科病棟での勤務歴があった為
老人の奇形がリスパダ-ルによるものと確信
過去にリスパダ-ル0.5mg服用で老人が歩行できなくなった事を知っていた為
老人の歩行障害がリスパダ-ルによるものと確信
経験上リスパダ-ルの副作用が出現していると解ったが裏付ける資料などが無かった為、事実確認をせず老健を去る
【この時点でリスパダ-ル1mgは31日間投与されたあとであった】
7月10日
朝、老健より老人の娘へ付き添いの要請あり
「硬膜下血腫の疑い」があると中澤医師より脳神経外科受診の指示が出たという説明あり
午後1時過ぎタクシーに老人を乗せ
矢木脳神経外科へ
老人の移動は全て車椅子
体の奇形とこわばりが激しく
車椅子からタクシーへ
タクシーから車椅子への移動の介助と
トイレ介助がスムーズに行かなかった
病院で紙コップに入れたお水を飲ませようとしたが
頭が挙がらない為
嘗める程度にしか補水ができなかった
腕が90度までしか伸びない
医師が万歳をするように言ったが
できなかった
▼頭部CTで異常は無かった。慢性硬膜下血腫が起こる可能性はあるので二ヶ月後CTの指示が出るも中澤医師の指示でCTは撮られなかった
脳外科から老健へ帰所後、老人の娘と中澤医師が面談
リスパダ-ルについての中澤医師の発言
「量を減らそうと考えています」
▼実際はその夕方からリスパダ-ル投与の指示が止められた。娘との面談でリスパダ-ルで過去に老人が歩行できなくなったと聞いたからだそうである。娘へは投与が止まってから10日後にその事実が知らされた。老人Mはリスパダ-ル1mgを33日服用させられた。
▼リスパダ-ルはル-ランと成分がほぼ同じという認識で投与されていた。そう説明したのは老健看護師。後日娘は精神科の専門医から「ル-ランとリスパダ-ルは違う」と言われた。
7月10日から数日後
娘がリスパダ-ルの投与を止めて貰うために老健へ電話。職員が電話に出て「先生は今他の棟を回っておられますので、のちほどこちらから折り返し電話して頂きます」と娘へ言う。
娘は一時間半(夜6時半まで)待つが電話はかかって来なかった。
7月20日頃
娘は自殺を考えるまで追い込まれ、午前2時大阪府警の相談室へ電話。老健での事を警官へ話し助言を受け危機を回避する。
娘は朝、包括支援のMに「母をあの老健に置いておいてはいけない。私が直ちに引き取りたい。赤十字病院の専門医の所で母を受診させたい」と訴えるが却下される。
そのあと老健のケアマネMから娘へ電話があり「リスパダ-ルは10日から止まっています」と報告される。
《追記》
老人Mは劇薬の投与によって背骨や頸の骨が曲がり、真っ直ぐに歩行できなくなった。筋肉のこわばりも見られた。身体の著しい変形を目にした時の娘の衝撃は大きかった。娘には中澤医師が行なった劇薬の連続投与と、旧日本陸軍の731部隊の人体実験が同じに思えた。
娘は調停をおこし、医師の薬物の投与が不適切であった事を認めさせ謝罪させようとしたが、医師は嘘をついて逃げる事しかしなかった。
この医師を裁く法律が存在しなかった。こんな非道な事をしてもお構い無しであるというどうしようもない現実しか無かった。
中澤医師が老人Mにした事は、731部隊が捕虜を使って行なった人体実験と同じであると、私はここに明記しておく。
◆この記事を読まれた方が、介護老人保健施設選びに失敗しないようにと心から願っています。
◆よく調べてから施設を選んで下さい。この介護老人保健施設には悪評が立っていました(介護タクシーの運転手さんなどから証言を得ています)。口コミサイトを見るなどして調べれば分かった事でした。私は地域包括支援センターの職員に全部任せてしまいました。人任せは危険です。自分で調べて下さい。
令和2年12月20日 檸檬
※覚え書きの為、文章が粗めだと思います。御了承下さい。
📝追記🕊️✨✨
2022年、別件で市役所に電話。その時市職員さんから聞いた事を書いておきます。現在、この高齢者施設から《大阪市立》の看板は外れている、そうです。つまり民間の老健になっています。大阪市立が取れただけで凄い効果です。惑わされる方が激減します。良かったです。2023.07.21記す