先日、弟が急逝しました。

 
 
 
 
37歳という若さで、
「この世は俺には優しくなかった」
と手紙を残して‥
 
 
あまりの衝撃で、
数日泣き腫らしましたが、
 
この数週間で
改めて思い至ったこと、
気づいたこと、
そして
命を絶とうと命の瀬戸際にいる方、
生きにくさを抱えている方に
改めて伝えたいことがあります‥
 
 
私自身の生い立ちも含めて、
少し長いですが、
おつきあいいただければ幸いです。
 
 
 
 
 
 
 
私は6人兄弟の長女で、
私以外は5人全員男という家系でした。
 
 
 
今まで大きく触れなかったのですが、
私のこれまでの体験は
 
 
●両親の不仲による毎晩の大喧嘩(9歳頃までほぼ毎日)
●母親の発達障害(精神障害)から来る放火や誘拐事件によるトラウマ(7、8歳頃)
●兄の発達障害による生きにくさ(小学生頃)
●母親が弟出産時の脳出血後遺症による身体障害(9歳)
●両親の離婚(9歳)
●父親の再婚(14歳頃)
●腹違いの弟の誕生(15歳頃)
●母親の保護者(身元引き受け人)になった事(18歳頃)
 
などなど
一つ一つの出来事に触れると長すぎる家族の問題が
合わせ技ミックスで次々と起こり、
 
 
私は、
愛着障害や発達性トラウマを抱えながら、
10代後半から20代で
摂食障害やうつになったりしたのでした。
 
 
両親が仲良く、
幸せそうにしている友人たちを冷ややかな目で見ていたこともあったし、
 
「いつ死んでもいい」
と思い至っていた時期もあります。
 
 
 
放任主義だった親から愛情を感じたことがなかったし、
(本当はちゃんとあったけれど)
 
家にいずらかった私は、
 
高校時代も専門学校時代も、
バイトと勉強と学校で朝7時から夜22時頃まで
土日も含めて毎日動きっぱなしで家にほとんど居なくて、
逃げるように就職先を沖縄にして、
 
苦しんで苦しんで行動しまくって
生きにくさを感じていたその捌け口を
現在の夫である、当時付き合っていた彼にぶつけて、
散々わめいて罵って、
なんとか生きながらえたのでした。
 
 
父の怒声を聞きながら育ち
「わからないと言うな」
という家訓の元、
無理矢理論理的に考える思考を身につけ、
 
 
「賢くないと価値がない」
「働かないと価値がない」
「何もしないのは生きてる価値がない」
という思考で、
動きまくった挙句に、
子どもを妊娠して、
 
切迫流産、切迫早産、
さらには逆子で帝王切開となり、
動けない日々を積み重ねて
無理矢理にでも
 
「何もしなくても生きてていい」
「生きてるだけで価値がある」
を、
子どもたちによって体感させられたのでした。
 
 
 
それでもまだ、
「家事や子育てを手伝わない夫がひどい」
「あんな親に育てられたから子育てがしんどい」
と
何かや誰かのせいにする思考がなかなか手放せなかったものの、
色々な出会いや体験、
子どもたちの言葉を通して、
少しずつ心を解放させていったのでした。
 
 
 
母親へのトラウマや想いも、
手紙が来るだけで恐怖に震えて泣いていた時を経て、
自分から会いにいって
言いたい事が言えるまでに変化しました。
(どうやって変化したかはまた別で書けたら書きます)
 
 
 
 
特になかなか手放せなかったのは
「お金を稼がないと価値がない」
という価値観で、
これに対して7歳の娘に
 
「ママ、稼ぐのはお金じゃなくてよろこびだよ」
と諭されたのでした。
 
 
 
 
不登校になった子どもたちにも
「勉強すること」
「学校に行くこと」
に対して持っていた私の思い込みが壊され、
 
 
たくさんの優しさと、
「そのままで価値がある」
「生きてるだけで素晴らしい」
という体験を、
夫や子どもたちや、
身近な仲間を通して体験して、
やっとやっと、
 
「私は幸せだ」
と思えた矢先の、
先日の出来事でした。
 
 
 
 
正直、
ハンマーで頭を殴られたような衝撃でした。
 
 
 
そこで改めて、
私がこれまでやってきたような
模索や苦しみを、
他の兄弟たちも体験していたのだと気づきました。
 
 
しかも、
私が乗り越えてきた
もっともっと手前の段階だったのかもしれない、
とも気づきました。
 
 
 
 
今にして思うと、
弟は強度のHSP(ひといちばい敏感な人)だったと思うので、
麺や米は硬めじゃないと食べれず、
音や匂いや触感にも敏感で、
色々な環境にストレスを受けて頭痛薬が手放せず、
それでも
人の気持ちに敏感に感じ取りすぎてしまうので、
決して怒らず周りに心配をかけずに明るく振る舞い、
その苦しみを一人で抱えながら、
最後は一人で逝ってしまったのでした‥
 
 
 
 
 
私は、
せっかくHSPについて学んでいたのに、
救ってあげられなかったと
自分を責めました。
 
 
 
育て方が悪かった?
育った環境が悪かった?
この社会が悪かった?
付き合った人が悪かった?
‥と
原因探しもしました。
 
 
 
でも
どれだけ思いあぐねても、
回避するルートが見つからないのです。
 
 
 
優しすぎて、
純粋すぎて、
人の気持ちを感じ取りすぎてしまう
繊細な彼を救う方法が思いつきませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
弟が亡くなって、
他の兄弟たちに連絡を取って気づいたのですが、
 
私たち兄弟はそれぞれに、
「自分たちは幸せなはずだ」
と思っていたのです。
 
 
 
上記のような家庭の体験があっても、
きちんとご飯が食べれて、
必要なものは買ってもらえて、
放任主義で気楽な父親がいて、
「幸せなはずだ」
と思っていました。
 
 
 
実際、体感としては
本当にそうだったのですが、
でも、
私自身が摂食障害やうつ病になったことからも、
 
「心に蓋をしていただけ」
ということに気づきます。
 
 
 
 
また、
兄弟たちがこぞって言っていたのは、
「夢も希望も目標も欲もない」
ということ。
 
 
だから
「なんのために生きればいいかわからない」
「何をして生きればいいかわからない」
という事でした。
 
 
 
 
私も、
まさに一時期そんな感じで生きていたので
痛いほどわかります。
 
 
 
 
 
 
私は、幼少期の体験から、
頼るべき両親(特に母親)への信頼を寄せる事ができず、
HSPから人に気をつかいすぎて、
発達性トラウマや愛着障害を抱えながら
抑うつ的に生きて、
それでも、
夫や子どもたちのおかげで、
なんとか踏ん張ってここまで来ました。
 
 
 
 
だから、
どんな家庭環境であろうと、
HSPであろうと、
命を落とす人と
そこを乗り越えられる人の違いはなんだろうか?と
考えます。
 
 
 
 
 
コロナ禍での自殺者も急増しているとのことで、
これは
誰にでも起こりうる事です。
 
 
 
 
 
大切なことは、
上辺の取り繕った世界ではなく、
自分の中にある
「闇を見る」
という事かもしれないと思いました。
 
 
 
 
 
 
私たちは、
ついつい華やかな、
見た目や耳障りの良い世界にひかれるので、
「お金をたくさん稼げれば価値がある」
「両親が揃っているから幸せだ」
「良い大学に入れば安心だ」
「良い会社に入れば安心だ」
「手に職をつければ安心だ」
というものを求めがちで、
それは陰陽の世界でいうところの陽で、
いわば光です。
 
 
 
 
発達性トラウマや愛着障害を抱えている人は特に、
「愛されて育ってきた」
という安心感や信頼感がないので、
余計にこの光を求めるのではないかと感じました。
 
 
そして、
光が強ければ強いほど、
闇も色濃くなります。
 
 
 
 
 
幼少期に起きた様々な出来事が闇で、
それを「なかったこと」にしたくて、
蓋をして、
そして、
光だけを見ることで、
一時的には楽になれても、
土台がないので、
またすぐ他の光を探すことの繰り返しです。
 
 
だからこそ、
「闇を見る」のです。
 
 
 
私は、
自分が抱えていたトラウマや、
悲しかったことや苦しかったことに蓋をして、
「こんなことができます」
「こんな体験をして幸せになりました」
という光だけを見せて
発信をしていた時期もありました。
 
 
 
 
でも、
悲しくて悔しくて辛かった体験、
闇の部分も
しっかり目を向けて、
そんな自分を丸ごと受け入れるという体験を通して、
初めて、
「幸せだなぁ」
と思えました。
 
 
 
 
喧嘩して怖かった両親も
放火や誘拐をして怖かった頭のおかしな母親も、
腹違いの弟の存在で家に居場所を無くした出来事も、
全部蓋をして、
逃げている時は、
何も解決しませんでした。
 
 
 
 
 
 
誰でも、
一時の快楽に溺れることは簡単です。
 
 
高いセミナーにお金を注ぎ込んで華やかな仲間に囲まれるとか、
 
これがあれば幸せ、という高い石を買って満足するとか、
 
有名な占い師に高い鑑定料を払ってみてもらうとか‥
 
 
私も似たようなことをしてきた経験があるからわかるけれど、
それらは一時的な快楽や満足は得られても、
結局現実は(家に帰ると)変わらないから、
すぐ元通りなのです。
 
 
 
 
 
 
だからこそ、
ちゃんと「闇を見る」
 
 
あえてツライ現実と向き合うのです。
 
 
 
 
親が喧嘩ばかりで嫌だ
親が離婚してしんどい
親が再婚して居場所がない
親の保護者になってしんどい
摂食障害になって辛い
うつになって辛い
子どもが不登校でしんどい
 
他にも
借金まみれだとか
離婚してバツイチだとか
色々辛い出来事はあるはず
 
 
 
私も幾度となく、
自分の闇の部分の現実と向き合って、
その度にもがいてきました。
 
 
 
 
 
 
 
最近では、
30年入所している発達障害(精神障害)のある話の通じない母のこと。
 
 
不登校の子どものこと。
 
 
そして、
自ら命を絶った弟のこと‥
 
 
 
たくさん考えて考えて、
あえて目を向けてみました。
 
 
 
 
 
 
弟は光を見ようとし過ぎたのかなと感じました。
 
 
自分の中にある闇を見ずに、
光だけを見ようとして、
光だけを見せようとして、
空っぽになってしまった自分がしんどかったのかなと‥
 
 
 
真相はわかりませんが‥
 
 
 
 
 
 
 
 
とにかく、
命は儚く短いし、
生きる事は辛い事だらけかもしれない。
 
 
 
 
でも、
光も闇も丸ごと飲み込んだ上で、
それでも世界は美しくて、
希望に満ちているし、
世界は優しいと伝えたい。
 
 
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世界はそんなに捨てたもんじゃないと伝えたい
 
 
 
 
 
 
 
 
 
様々な辛い出来事が、
闇で自分を覆いそうになったら、
それは、
人の心の痛みに気づくための、
本当の自分に気づくための
大切な出来事だったんだと思おう。
 
 
 
 
 
 
だからどうか、
今は辛くても踏ん張ってほしい。
 
闇にのまれるのではなく、
しっかり闇を見て、
その先の光にも気づいてほしい。
 
 
 
 
 
 
命の瀬戸際にいる人を想うと
親が離婚しようが、
不登校だろうが、
家に居場所がなかろうが、
どうとでもなるから大丈夫だと言いたい。
 
 
 
 
 
生きてさえいれば、
どうにでもなる。
 
 
 
 
 
 
 
優しすぎる繊細なあなたは、

もっと自分に優しくしてほしい
人に助けを出してほしい
逃げていいし
やめていい
あたたかい食べ物や
あたたかい水分をとってほしい
あたたかいお布団に入って
心ゆくまでゆっくり寝てほしい
世界は自分が思うより優しいから、
大丈夫だと信じてほしい
 
 
 
 
 
無理に光を見ようとして頑張りすぎる必要はなく、
蓋をしていた闇もあなたの一部だから、
丸ごと抱きしめてあげたい
 
 
 
大丈夫
大丈夫
大丈夫
 
 
 
 
きっとうまくいくから
 
 
 
 
 
 
 
今闇にのまれそうになっている全ての人を
愛と光で包んでいきたい
 
 
 
 
 
今日もあなたが笑顔で幸せでありますように。
 
 
 
 
 
 
 
この想いが、
命の瀬戸際にいるあなたに届きますように
 
 
 
 
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最後までお読みくださり
ありがとうございました