子育てと教育の寄り添いびと

佐藤みふゆ(グランマみーこ)です。

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「人生100年時代の女子大生レポート~早稲田大学LRC1期生の1年~」

 

 

 

今日は「はじめてのホツマツタエ」勉強会。

写真は講師の今村聡夫先生(右)と原田峰虎とらさん。

 

 

 

 

テキストは今村先生の著書「はじめてのホツマツタエ」

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、私が今まで何度かブログに書いてきたことが

出てきました。

 

 

三種の神器とは「鏡」「剣」「勾玉」。

 

 

「鑑みる」(かんがみる)とは

「鏡に映すように手本に照らして考えること」

「手本や他の例など、ある物事をあわせて考えること」

 

 

「鑑みる」の語源は、動詞化した「鏡」(かがみ)

 

 

神社のご神体は「鏡」で祭壇に鏡がありますよね。

参拝する時、ご神体の「鏡」に自分が映ります。

 

 

日本では、

私達は「神様の分け御霊(わけみたま)=分身」であると

考えられています。

 

 

鏡に自分の心を映して見る。

自分の姿の中に神がある。

私達の中に神が「分け御霊」として本来入っている。

 

 

「かがみ」(鏡)から「が」(我=エゴ)を取ったら

「かみ」(神)になる。

 

 

外国では、

民は常に裁かれるもの、救われるもの。

日本以外では、のし上がっていって支配者になる。

 

 

天の心を知るために鏡が必要。

人の心には

人の心と神の心が同居している。

自分の心の裏に神の心がある。

 

 

日本の神は裁かない。

罰さない。

 

 

西洋では、鏡は悪いものが写っている。

例えば、白雪姫のお話では

魔法使いが「鏡よ、鏡よ、世界で一番美しいのは誰?」と

尋ねるシーンがありますよね。

 

 

日本の、そういう精神性が

東日本大震災の時の助け合う姿や

財布やスマホを失くしても戻って来るという事例に

表れているように思います。

 

 

自分の中に神様がいるという意識は

「お天道様が見ている」という言葉に

表れているように思います。

 

 

大塚の天祖神社の祭壇の鏡は

ピカピカに磨かれていて

ちょうど参拝者の顔が映る高さにあります。

 

 

鏡に映る自分が神だと確認したい方は

是非、見に行ってくださいね。

 

 

あなたも私も神様だと自覚して生きましょう。