医師が死亡を宣告したら
すぐに葬儀社を呼ぶ。
と聞いていたので、
心づもりはしていた。
去年の3月、死の気配など
全く感じられなかった時に、
近所に出来た葬儀場に行って
一番コンパクトなお葬式とは
どんなものになるのかを相談していた。
対応してくださった方は
お若い方で品よく誠実だけれど
ひっそりしていて目立たない。
ザ・葬儀屋さんという感じが
氣に入って
そこにお願いすると
決めていた。
たまたまホームへのお迎えも
その方が来てくださった。
運転手さんのほうが
生気がみなぎって
元気にはきはき挨拶なさって
社長か代表者なのかというぐらいで、
その少し後ろに
担当者さんが居らっしゃったのに
気付かないぐらい
目を引かない在り方が
プロだと思った。
お部屋からどうやって運び出すのだろう
と思ったら、
ストレッチャーの上に
群青色のビロード布に包まれて
お部屋から出てきて
霊柩車として使う車に乗せられた。
夜中だったので
職員さんも少なく
他の入居者さんには全く会わずに
出られたのはとてもよかった。
父はそこも配慮して夜中に逝ったのかしら。
何しろ世間に迷惑を掛けるのを嫌っていたから。
さて、葬儀をどうするか。
先週の看取り会議のあった日に
亡くなったら葬式どうするかを
家族で話し合ったときは、
母は一切式は行わず直送がいい
と言っていた。
妹も私も母がこれだけ強く望むのだし、
ホームで死に顔を見られれば
それでいいか、と思っていた。
でも実際にそうなると ちょっと違った。
息を引き取るところを見ていたし、
ドクターが確認するところも見て
「ご臨終です」と宣告も受けた。
だけど、なんだか、息を長く止めているだけで
もうちょっとしたらハァと吐いて
呼吸が戻って来るんじゃないかとも思うし、
前回も書いたけれど、
父はまだ物体じゃなくて父のままだった。
これが最後で次に会うのが骨だと、
自分の中のけじめがつかない氣がした。
妹も同じだと言うので安心した。
母は死んだ父を
もう一度見る決心が付かなかったが
わたし達のために家族葬に同意してくれた。
葬儀屋さんの説明によると
鎌倉市は市営の焼き場を持たない為、
民間会社が経営する小坪の焼き場を使う。
民間だからか、他の焼き場と違って
独特のルールが多いらしい。
その一つが、
焼く前に通常よくする
棺の窓を開けて
最後のお別れをしてはいけない
というもの。
つまり直送にすると、
お棺に入った父を見ないで
焼いてしまうことになるのだ。
それもあって、
わたし達娘の心のけじめのために
儀式が必要だと感じて、
お通夜なしの家族葬を行うことにした。
父の両親はプロテスタントで
2人とも教会で葬儀をしたが、
(お葬式の時まで私は祖父母が
キリスト教徒だと知らなかった)
6人いる兄弟姉妹は誰も洗礼を受けていない。
というわけで
父は正真正銘の無宗教なので、
神父様も神主さんもお坊さんもお呼びしないで
ただ、家族で最後のお別れをして
父にと言うよりは
自分に引導を渡そうと思った。
ここまでを決めた状況で
実際の葬儀屋さんとの打ち合わせに臨んだ。
なのに打ち合わせには2時間掛かった![]()
長くなったので
続きは別に書こう。


