ホームで3者会議をした日、
往診のドクターの手が空くのを
父の部屋で待った。
父は車椅子からベッドに移されると
渡されたタマ(猫のぬいぐるみ)を
肩の辺りに置き、
目をつぶった。
すぐにスースーと
とても安らかな寝息を
立て始めた。
雲間から日が射してきて、
ベッドの足元まで光が入ってきた。
窓からは
高速道路の灰色の側壁が
見えるだけだけれど、
少し開けて外の空気を入れると
途端に部屋が生の方に傾く感じがする。
気配を感じて振り返ると
父が目を開けた。
ベッドの際から覗き込むと
わたしを認め、
眠りそうになるのを
こらえるみたいに
目を開けていようとする。
幼稚園の頃だったか、
熱を出して寝ていた時のことを
思い出した。
ふと目を開けると、
ベッドの足元に母が座っていて
それを見て安心する。
いつの間にかまた寝ていて
母がまだいるか確認したくて
一生懸命目を開ける。
今度は母が覗き込んでいて
「何か飲む?」
と聞いてくれて
声が出せずただ頷いて、
安心してまた眠ってしまう。
父の目の開け方は
それを思い出させる。
何度目かに目を開けたとき
父は動く方の右手を
わたしの方に差し出してきた。
手を握ると
ふっと力が緩む。
目を閉じ、腕を引き寄せる、
というか力が抜けていく。
父の胸の上に握ったままの手を置く。
何秒かすると、
父は私と握っていた右手をほどき、
自分の動かない左手を
そうっと覆う。
また目を開けるが、
どうにもこうにも眠くて
開いていられないようだ。
そしてまた目を開けて
見つけた私に向けて
右手を伸ばしてくる。
私に触れると安心するのか
目を閉じて力が抜ける。
自分に見えているものが
本当にそこに存在するのかを
確かめているようでもあり。
赤ちゃんがお母さんに触れて
安心するようでもあり。
3者会議の準備ができました、
と施設長さんが呼びに来た時、
父は声に反応して目を開け
わたしの動きを目で追ったが、
動くわけでも声を掛けるでもなかった。
きっと父は
そこにいなくなったわたしを
もう覚えていない。
そこにいたことも
手を握ったことも
きっと夢か現か分からないのだろう。
それはわたしには切ないことだけれど、
「あぁ、行ってしまう。一人残される」
と思わないでいられる方が
父には苦しくなくていいよね。
これから何回
ああいう時間が持てるのだろう。