「生物多様性〜「私」から考える進化・遺伝・生態系」本川達雄著/中公新書
もし生物多様性という5文字のタイトルだけを目にしたら、面白くなさそうと思ってしまって読まなかったかもしれない、と思います。
“ダイバーシティ” と言う語が浸透して久しい今日、
かたや、”生物多様性” という日本語には、
英語のbiodiversityのdiverseのような、
動的、ダイナミックなニュアンスが含まれず、
様態を表面的に形容しているだけ・・・
という印象があるからかもしれません。
しかし、著者である本川達雄さんの別の本(「ゾウの時間、ネズミの時間」※)を読み、面白かったので、その勢いでこちらの本も手に取ることができました。
一般的に生物多様性といえば抽象的な議論をさらっておしまいになりそうになる...そういうことを著者はおそらく承知の上で、具体的かつ全体観を持って真摯に話を展開しています。
※「ゾウの時間、ネズミの時間」
平均的な生涯の心臓の拍動数を、平均寿命で割れば、ゾウも、ネズミも、人間も、哺乳類はほぼ同じ(20億回)だという衝撃的なエピソードがこの本のタイトルにもつながっています。この本を読んで、心臓が早鐘のように鳴るような仕事をしている時はとくに、ゆったりリラックスする時間を併せてしっかり取ろう・・と思いました。笑
健康(肉体的、精神的、社会的な健やかさ)を考える上で、この本に書かれているような、
死ぬけれども死なないということ
同じじゃないけれど同じということ
この部分の根本理解は欠かせないと思っています。
デカルトが言ったという
「我思うゆえに我あり」
この“我”という枠のなかでのみダイバーシティという言葉を捉えている人がいまだ多いのではないでしょうか。
デカルトの“我”は、あくまで自分という肉体という枠の中の自分(有限)を指していると思います。
その範囲でのみ、自分という人間を捉え、
他者に”自分”を主張してしまうならば、
人間が誕生する前から存在している、地球の、宇宙の、生命体としてのダイバーシティを不用意に破壊しかねない。
生物多様性を本質的に理解し、
地球上で私たち一人ひとりがふさわしい振る舞いをするには、
“開かれた私”、
つまり、
与えられた肉体から出発し
無限に広がる私を感じることが必要。
その視点に立って初めて
ダイバーシティが各々腑に落ちるのだと思います。
著者は長年ナマコの研究をされていただけあって、
本当に美しい海を知っているのだろうなあ、
と思うんですよね。
いつかこの著者に会ってみたい、
沖縄の海で講義してもらいたい、
とひそかに思っていて、
その夢を胸にこの本を大事に持っています・笑
↓著者の本川達雄さん。こんな生物学者がいらっしゃるとは!ちなみに私、この絵本も持ってます。笑
Ellie
平日朝配信の無料メールマガジン登録はこちら

