一昨日、この夏に韓国で日本語を教えている方向けの勉強会の講師を依頼されたという記事を書きました。
偶然ですが、私は自分の修士論文で第二次世界大戦前と戦中の韓国における日本語教育について研究しました。
今から22年前に韓国と日本で、当時70歳くらいだった戦前と戦中に日本語で教育を受けた韓国人の方2人にインタビューをしました。
今でこそ、Ethnographic Studyというリサーチの方法は教育の分野でも用いられるようになり、大規模データを使う量的研究だけでなく、質的研究の重要さも認知されるようになりましたが、当時はこういった手法はリサーチの対象にはなりにくかったです。
私はこの修士論文を書いている時、別の大学の博士課程にいたため博士論文の研究も同時進行でおこなっていました。博士論文は質的研究と量的研究の両方を使ったのですが、今読み返してみても質的研究をかなりしっかりやったと思います。
そして、このず〜っと埋もれていた私の修士論文ですが、他の研究者に引用していただいていることがわかり、自分でも探すことができなかったのにどうやって見つけてくれたのだろう、と不思議に思いました。
アメリカの大学の修士論文や博士論文はEducation Resources Information Center(ERIC)というところに保存されるので、いくつかのキーワード(今で言うハッシュタグ)をたどっていくと様々な論文を探し当てることができます。私の場合は自分の名前以外、論文のタイトルやどんなキーワードを入れたかさえ覚えていなかったので探すのは困難でしたが、久しぶりに読んでみたくなり、探し出しました。
20数年ぶりに読み返し、いろいろな形で、戦前、戦中の朝鮮半島での日本語教育の記録は残っているのだと思いますが、私の論文も貴重な資料になりうるのではないかと思いました。インタビューに答えてくださったおふたりはもう他界されていますし、その世代の方はもうあまり多く残っていらっしゃらないと思います。私が日本語しかできないため、日本語でインタビューに答えてくださったのですが、論文は英語で書いたため、できあがった論文を韓国語に直してくださった方がいたそうです。その結果、私の論文は韓国語の要約がつけられて、韓国の大学の図書館にあるそうです。
どなたがしれくれたのかわかりませんが、もし翻訳してくれた方に会えたらお礼が言いたいです。
もし自分が70歳くらいになった時、私の言語習得や受けた教育に興味を持ってくれる若い方がインタビューしてくれて、それを私が理解できない言語で論文にまとめてくれたとしたら、やはり誰かに頼んで訳してもらいたいと思います。
大学院時代はこうやって一生懸命、論文を書いていたな〜と懐かしい気持ちになりました。夫も娘も「ふ〜ん」という感じなので、一人で「ママ、学生時代は一生懸命やってたな〜」と自画自賛している日曜日の午後です。
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