今日 ここに書く話は20年近く前に友人から聞いた話です。
作り話かもしれないけど、あまりにも面白かったので、私の学生や友人にもよく話しているので、ここでも紹介します。
私の勤務大学は、臓器移植手術の権威として知られている先生がいて、日本がまだ臓器移植ができなかった頃、移植手術に来る患者さんや移植手術の技術研修に日本から来る医学部の先生がかなりいらっしゃいました。
アメリカではホリデーのあとに交通事故が多発し、脳死状態になった人からの臓器提供が増えるそうです。
ふだんは研修生として、臓器移植の現場に入るだけだった私の友人(日本から研修に来ていた医学部の先生)が、ある時、臓器(肝臓)を緊急で運ばなくてはいけなくなりました。
日本からの研修生2人でクルマを飛ばし、ネバダ州の病院からカリフォルニア州の病院に臓器を運んでいた時に、スピードを出しすぎていてポリスに止められたそうです。
しかもフリーウェイがホリデー後の大渋滞だったため、脇道を走っていたので、わずかなスピードでも違反になってしまいます。
ポリスに車の中を調べられ、何を持っているかを聞かれ
Human Liver (人間の肝臓)
と答えたのですが、Liverは、日本人にとって発音しにくいLとVの音が入っているため、通じなかったそうです。
どうしても急いで運ばなければならないと伝えたかったため、病院に電話をしてボスにつないでもらい、事情をポリスに説明してもらったそうです。
そうすると事情がわかったポリスは、先導してくれて猛スピードで運ぶことができたということでした。
さらにネバダ州からカリフォルニア州に入るボーダーのところに「輸送車」が待っていて、そこからは専門の輸送車が移植用の肝臓を運んでくれて、本人(医学部の研修生)たちはそのクルマについて病院まで全速力で帰ってきたということでした。
今では一般車が臓器移植のための臓器を運ぶことなど絶対にないのだと思いますが、20年くらい前には移植手術ができる病院、医師も限られていて、移植を待っている患者さんもたくさんいたのでこういうことが起きたのかもしれません。
当時は、私の学生が日本から来る患者さんの通訳のボランティアをしていました。中にはそのボランティア経験を活かして自身が医学部に進み、医者になった人もいます。我が子もいつかそういうボランティアができたらいいなと思ってバイリンガル育児をしてきました。
時々、当時の患者さんが成人されたとか、ご結婚されたと言うお知らせを聞きます。慣れない海外で大手術を受けなくてはいけなかった患者さんたちが、元気に暮らしていることを心よりお祈りしています。
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