私は自分で言うのもなんですが、朗読とかスピーチとかが得意な方だと思います。
大学時代は、無謀にもアナウンサーを目指したこともあったし、よく「声がいい」と褒められました。
そして、今も仕事柄、日本語を読み上げる作業を毎日していますし、日本語でも英語でも講演をする機会が多いので、話すことは得意だと思います。
では子供の頃、音読をしたか?
いいえ、全然しませんでした。
様々なところで「音読の効果」が語られていますが、私は正直、音読をあまりさせようとはしません。
もちろん、一人で声を出して読むことはいいのですが、親の前で読ませる、クラスでみんなの前で読ませるのは「評価」が目的であって「読書」をしていることにはなりません。
もし「正しく読めるか」を評価するために音読をさせるなら、「音読」に適した教材を与えるべきだと思っています。
アメリカの大学で、日本のアナウンス講座の教材「朗読のためのオリジナル作品集」を使って 朗読を教えたことがありますが、こう言う「声に出して読むためのもの」を1作ずつ学生に読ませるというのは、教科書を順番に読ませるより、意味があったと思います。
我が家は幼い頃、読み聞かせもそんなにはしませんでした。(そのことについて書いた過去記事はこちら)
けれど、「語りかけ」はよくしたし、寝る前に部屋を暗くして、物語を話してあげたり、娘が作ったお話を話してもらうことを毎晩していました。
日本語補習校に入って、音読の宿題が出た時、家族3人で少しずつ読んだり、娘が嫌がると私が代わりに読んだりしていました。私がわざと読み間違えて、娘に直してもらったり、先生ごっこをしながら読んだりもしました。そうでもしないと、ただ黙々と何ページも音読するのは苦痛だと思ったからです。
娘は、日本語補習校で、音読するのが嫌いで、指名されても読まないことが多かったようです。それなのに、自分で書いた作文はいつも読みたがり、保護者参観でも率先して手を挙げて読んでいました。
せっかく人に聞かせるなら「自分が伝えたいこと」を書かせて読ませる方が、決まったものを「正しく読めるか」よりも効果があると思いませんか。
