アメリカでは、「医者=字が下手」というステレオタイプがありますが、医学界だけでなく早くからタイプライターが普及していたこの国では「手書きの美しさ」にまったく重きをおいていないように思います。

 

最近では、小学生でもエッセイ(作文)をタイプする学校が多く、そうじゃないと他の子の作文が誰も読めないということがあります。算数の授業で先生がホワイトボードに書いた問題(数字)が読めなくて間違えるなんてこともよくあります。

 

私の夫は、まるで印刷したように同じ大きさで英語のアルファベットを書くので、一度手書きの書類を提出したら「タイプしたのは受け取れない。手書きでしかも鉛筆で書いたものしか(機械が)読み取れないんだ。」と言われたことがありました。「これは手書きです。」と言ったら「そんなはずない。」と言われ目の前で書いてみせたら、アメリカ人が目をまんまるにして驚いていました。

 

こんな極端な例じゃないにしても、概して日本人は字がきれいです。英語の字を見ても日本人のは読みやすいし、整っています。

 

前にも書きましたが、日本の特に初等教育は「字を正しく書くこと」に重きをおきすぎるあまり、なかなか「書く力」が身につかないということもあります。(そのことについて書いた過去記事はこちら

 

 

私の娘の場合、最初に英語で「スペルを気にせず、どんどん書く」という経験を積んだため、「書くこと」の楽しさを小さいうちに感じることができました。

 

日本語補習校の低学年のうちは、本当に些細なこと(「き」というひらがなの上の線と下の線のどちらが長いとか)に気をとられ、さらに黒板の字を写すという作業がとても苦手で、「日本語で何かを書く」ということが苦痛だったようです。それに比べると英語で何かを書くのは楽しかったようで、他の人が見たら全然読めない「自分だけのスペル」でたくさん書いていました。

 

日本語補習校では毎週、日記の宿題が出ていましたが、一緒に考えながら、娘が口にすることを文章にまとめてあげて、正しく書けるようにしてあげました。やはり毎日、学校で習っている言語ではないので、ある程度の手助け(scaffolding)が大切です。

そのうち、通信教育の作文指導なども楽しめるようになり、今では日本語で作文を書くことにもそれほど抵抗がなくなりました。

 

これは 早くから文字を覚えさせたり、文字の正確さばかりに気を取られず。自由に表現する方法の一つとしての「文字化」の概念を教えてくれた小学校(現地校)の先生のおかげだと思っています。

 

そういえば、面白いエピソードがあります。アメリカには粗悪なエンピツしかないので、我が子は日本で買った2Bの鉛筆を幼い頃から使っていました。小学校の低学年の頃、書き方練習をしていると、エンピツの芯がボキボキ折れてしまうことがよくありました。日本から送ってもらう時、箱が乱暴に扱われたから、芯が折れやすくなっているのだと思っていたのですが、ある論文を読んだら「筆圧が安定しない子供は鉛筆への荷重がわからず、芯が折れやすくなる。こういう場合の指導は、小さいボールを握らせて鉛筆を持たせるといい」と書いてありました。娘は緊張すると、手に汗が出ることが多かったので丸めたティッシュをいつも持たせたところ、エンピツの芯が折れずに書けるようになりました。そのことを現地校(アメリカ)の先生に話したら「へ〜、そんなこと論文に書いてあるの? 日本語の論文? アメリカで発表したら、文房具会社に訴えられちゃうかもしれないわね。」と言われました。

エンピツの芯はボキボキ折ってなんぼのアメリカ文化。

やっぱり慣れません...

 

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