今日のロサンゼルスは抜けるような青空ですが、私はまたもや家にこもって、バイリンガル話者のデータを聞いています。
私がヘッドホンで、日本語と英語のデータを聞いている横で、娘は中学受験のためのテストの練習をしています。
私が今、評価しているデータはコンピュータ上に相手がいて、その人が話す質問を聞き、あたかも会話しているように答えを言うという形式ですが、聞いているのは答えの部分だけです。
与えられた質問は上に出ているので、きちんと質問に答えているかも評価の対象になるわけですが、ここで「覚えた言葉やフレーズ」を言っているか「自分で文を作り出しているか」によって、内容、話し方が変わってくるのがよくわかります。
以前に「話せる」ということは、どういうことかについて書きました(その過去記事はこちら)が、最近の言語運用能力試験の方法は進化していて、丸暗記では対応しきれない、本当の意味での「対話能力」が試せるようになりました。
一見、試験勉強によって成績が上がるように思える試験でも、直前の試験勉強で覚えられる量と質(レベル)はその人の言語や認知のレベルに相当しているので、試験のフォーマットが何であれ(選択肢問題、エッセイ、聴解+スピーキング)、試験の作成者が何を評価したいかが明確であれば、被験者の言語能力は正しく測れると思います。
今年から、アメリカの外国語教育協会(ACTFL)で、オンラインによる子供(幼稚園から高校まで)の言語能力を測る試験に日本語が加わりました。
この試験の内容以前に、小さい子供(小学校低学年)は、オンライン上で人とコミュニケーションをすることに慣れているかどうか、コンピュータの基本動作ができるかどうかによって、パフォーマンスにかなりの差が出るように感じます。
我が子は、小さい頃、何とか日本語で話す機会を増やすために、定期的に日本のおばあちゃん(義母)とスカイプで話していました。義母は娘の顔が見られるだけで嬉しかったので、この試験のような「質疑応答」をしていたわけではありません。それでも遠く離れた人とでも、コンピュータを使ってお話しができるということをかなり前から認識していたので、この形式の試験は意外と得意かもしれません(まだ受けていませんが)。
相手がスクリーンの向こうであれ、ロボットであれ、生身の人間であれ、「求められていること(聞かれていること)に的確に答える力」は、これからの時代に大切なスキルであり、この能力は「言語学習」によって促進されると思われます。
そんなことをどこかで発表したいな〜、と考えつつ、抜けるような青空を横目に、せっせとデータ処理に取り組んでいます。
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