どの言語の組み合わせでも二言語ができるようになる(=バイリンガルになる)ためには、ある事象をどちらの言語でも「わかる」「わからせる」ことができる必要があります。
バランスの取れたバイリンガルでも、一人の人間の中に二人の「母語話者」がいるわけではなく、その一人一人の人間が自分の必要性に合わせて、2つの言語を使っているのが一般的です。つまり、必要がなければ同じことを両方の言語で「わかる」「わからせる」ことはしなくてもいいわけです。
「わかる」というのは、他人の言っていること、本やメディアから受け取る情報、などが対象となる言語を媒介として理解できるということです。
「わからせる」というのは、自分が伝えたいことを話す、あるいは書くことによって相手に正しく伝えられるということです。
例えば、日英バイリンガルの子供が学校で英語で習ったことを家に帰って親に日本語で伝えなくてはいけないような状況が日常的に起きると、その子供は「英語でわかったこと」を「日本語でわからせる」という翻訳作業を日常的におこなうことによって同じことを両言語で説明できるようになります。
ただ、この一件、よくある日常的な営みも、「日本語で説明できないことは話題にしない」というストラテジーを使うようになり、親が「今日、学校で何を習ったの」と聞いても「算数と歴史」のようにわかる単語だけで答えたり「学校はどうだった?」と聞いてもいつも「よかったよ」とだけ応えるようになったりします。
その積み重ねで、日常最小限の会話は、どちらの言語でもできるものの、どちらかの言語、あるいは両言語で深く自分の「伝えたいこと」がうまく話せないというバイリンガルは少なからずいます。
ただし、これはモノリンガルでも普通にある現象で、自分は「わからせた」つもりでも、相手にうまく伝わっていなかったり、本来、もっと複雑な語彙を使いたいのに、いつも同じような言い回しを使って最小限のコミュニケーションを取っていることはよくあります。
まず自分が母語以外の言語が話せるようになりたいと思ったときには、自分が使っている母語の語彙、フレーズを自己分析することをおすすめします。
これは私が20年近く前に、バイリンガル習得の研究に使った方法なのですが、自分の日常会話を録音して聞いてみる、自分がよく使うフレーズや会話のトピックを書き出してみる、などして、自分の会話を自己分析してみます。
そして、それを習おうとしている言語でどこまで言えるかを考えてみると、意外と母語では日常的に使っている表現やトピックが学習言語では言えないことが多いことに気づきます。
次に、自分が言いたいことを他の言い回しで言えるかどうかを考えてみます。
つまり母語から母語への翻訳(言い換え)です。
これがうまくできる人は、第二言語や外国語がうまくなることが多いです。
こういう人は「言語に対するフレキシビリティが高い」と言われ、頭の中に「自分が言いたいこと」(抽象概念)を表す「言葉」の引き出しをたくさん持っているわけです。
通訳の仕事をしていた時、「〜〜って英語でなんていうんですか。」という質問をよくされました。
そういう言葉の中には、英語に訳せない、英語にはそういう表現がない、ものが多かったのですが、そのように説明しても変な顔をする人が多くいました。
日本人が英語を習う場合、まずは「日本語と英語は、なんでも相互に訳せるわけではない」ということをまず最初にしっかりと認識しておくと、「あ〜、言いたいことが英語で言えない」と悩む人が少なくなるように思います。
ボストンで日本人に英語を教えていた時、「『秋の日はつるべ落とし』って英語でなんて言うんですか。」と聞かれたことがありました。
恥ずかしいことに私は「秋の日はつるべ落とし」の意味すら 知らなかったんですけど、その人はどうしてその表現を英語で言いたかったんだろう? と今でも不思議に思います。その表現を実際に会話の中で使ったことがあるのでしょうか。
そういう一生に一度、使うかどうかわからない言葉を訳してみようとするよりは、自分でもっとよく使う言葉をリストアップし、それを練習していくほうが、自己達成感もあり、バイリンガルへの近道のように思います。
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