アメリカは州によって教育事情がかなり異なります。ある州で取った教員免許は他の州では使えないことさえあります。また州内でもよく状況が変わるので、ここに書いた情報は私の個人経験に基づくものだと 最初にお断りさせてください。

私は、初めての大学院留学でジョージア州に行きました。そこで「特別教育」(Special Education)で修士を取りました。1995年のことです。その頃は、まだ日本では(少なくとも私は)LD (Learning Disability)ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder) のような言葉は聞いたことがなく、大学院のクラスで症例を学んだ時は、まさに目からウロコでした。

その時に、IEP (Individualized Education Program)=個別の教育プログラムについても学んでいたので、自分の子供のIEP会議の時にも特に問題なかったのですが、このIEPを作成してもらい、療育のサービスを受けるところまでの過程はかなり複雑だと言えます。

子供に『問題』があると先生や世話をしている大人が判断し、親に何らかのサービスを進める時、まずは自分が住んでいる学校区の特別支援センターに行ってAssessment((評価)をしてもらうのですが、5歳以下(就学前)だと英語以外が母国語であるために言語や認知の発達が遅れている場合には、特別に英語の授業を受けるということはできませんでした。そのため「このコの言語発達の遅れは評価した以外の言語で生活しているせいかもしれない」と思っても、「知能発達、そのものに何か障害があるのかもしれない」と見なし、療育を受けさせることが多くなります。

これも意外とアバウトで、にも書いたように、たった1時間くらいの質疑応答と、その場で子供の様子を観察して決まってしまうこともあります。

我が子の場合、明らかに言語発達が遅かったのですが、それが「発達遅延」なのか「発達障害」なのか「2言語習得によるものなのか」を診断することは3歳前の時点では不可能で、親である私が「できれば、早く療育を受けたい」と希望したため、IEP (Individualized Education Program)=個別の教育プログラムを作ってもらえたと言えます。

その後、我が子は6歳で小学校に入学した直後の診断では、発達の遅れはまったくなくIEP (Individualized Education Program)=個別の教育プログラムの必要性もないという結果となりました。我が子の場合は「発達障害が治った」という訳ではなく、幼い頃「発達の遅れ」があったが、「ゆっくりではあるが追いついた」というのが正しいと思います。もう一つは「3歳の時の診断は、非常に曖昧で、その後の様々なトレーニングによって改善したのかもしれないし、もともと診断が正しくなかった」可能性もあります。

「何もしないで後悔するよりは、やるべきことをやって後悔するほうがいい」という意味では、療育に通ってよかったと思います。

次は5歳からの「日本語補習校」での様子と6歳からの小学校のことを書いてみます。