バイリンガル子育て〜子供ができる前[2]で、結婚前に日本とアメリカの3つの小学校で、日本語・英語のバイリンガルの子供たちの言語状況の調査をしたと書きましたが、最初に行った小学校はサンフランシスコにある学校でした。
ここでYちゃんという小学校5年生の女の子に会いました。Yちゃんはお父さんが日本人、お母さんがアメリカ人で、お父さんとお母さんは離婚していて、週替わりでお父さんとお母さんの家を行ったり来たりしていました。
週明けに学校で会うと、その前の週末にはどちらの家にいたか、聞かなくてもわかるくらい、Yちゃんの言語使用はハッキリしていました。お父さんと過ごした週末の後は、私を見るなり日本語でいろんなことを話してくれました。お母さんと過ごした週末の後は、ちょっと暗い表情で私が話しかけてもあまり返事をしませんでした。
Yちゃんは、他の日本人の子に比べ、英語も上手で勉強もよくできました。でも日本人補習校に通っていなかったせいか、他の日本人の子とはあまり仲良くしていなかったようです。
私がその小学校に行き始めて、1ヶ月くらい経った時から、なんとなくYちゃんや他の日本人の女の子と一緒にランチを食べるようになりました。
自分の子供がアメリカの小学校に行き始めて、初めて知ったのですが、こちらの小学校では「先生と一緒にランチが食べられる」というのが、子供のご褒美として使われているようです。当時はそんなことを知らなかったので、単なる自分のリサーチの一環として、子供たちとおしゃべりしながら、いろいろな話をしました。
ある日、Yちゃんが自分の母親のことを「あの人は、私の言葉がわからないの」と言いました。「私の言葉」が「日本語」を意味しているのか、「自分の気持ち」を表しているのか...私はYちゃんに「お母さんは日本語がわからないの?」と聞きました。
Yちゃんは「そういうんじゃなくて...」と言いながら、ちょっとためらった後
「先生、Yのお母さんになって」
と言いました。
これって私の人生初のプロポーズ?? しかも子供から!
その後、3ヶ月の調査滞在が終わり、ボストンに帰る日に子供たちは一人一人メッセージを書いた手作りのカードをくれました。
お花やプレゼントをくれた子供もいました。
Yちゃんは、お父さんと一緒に空港まで見送りに来てくれました。多分、お父さんはYちゃんが私に「お母さんになって」なんて言ったことを知らなかったと思います。
あれから18年、Yちゃんも、もうお母さんになった頃でしょうか。今、当時のYちゃんと同い年の娘を見ていると、自分の娘はあの時のYちゃんのように自分の気持ちを日本語で表せられるかな〜と思ったりします。
あ、だめですよね。自分の子供をそうやって他人と比べたら。
