昨日、久しぶりに東京に行って参りました
首都圏内在住なのに
上京は実に2年ぶり
必要な時以外行くな
と言われれば、東京って
意外と用事がないもので・・
それでも、
はるばる2年ぶりに上京したのは
小説の編集者さんと会うためでした
おいしい小説文庫の最終選考連絡から
実に2年も経ってから
初顔合わせですよ
嗚呼、コロナ禍よ
って感じ
色々楽しくお話させて頂きました
さて、
現在、インプットの日々です
今回読んだのが
廉太郎ノオト
谷津矢車さん
小学生の読書感想対象書籍にも
選ばれていたので
知ってる人も多かもしれない
もう凄い数の本を書かれるので
大層年上の先生かと思いきや
自分より若くてびっくり
Amazonで
著者検索してみると分かるけど
時代小説で、
すでに確固たる地位を確立している
もうすごすぎでござる💦
さて、
元々時代小説は読まない人間なのですが
私が選んだのは
滝廉太郎の生涯を描いた
この作品でした
音楽ものを
どう描くのか
興味深かったからです
さて、
元々読書家ではない私
最近、その世界の凄さと
バリエーションの多さに
驚く毎日なのですが
読書するとき
自分だったらどう書くのか?
とか
この文章は、
自分の目指す先にあるものなのか?
とか
この作品を書くにあたって
作者はなにを考えていたのだろうか?
などなど
昔に比べて
随分色々考えながら読むようになりました
こちらの作品
大変勉強になりました
自己学習のために
書き出してみます
時代小説の難しさ
時代小説の中でも
とりわけ
実在の人物の史実小説
なんです
史実ではあるのですが
細やかなシーンには
感情が込められ
状況が目に浮かぶような描写
がされており
小説でもあり、伝記でもある
そんな印象でした
さて、伝記小説
事実とフィクションの匙加減
ってのが、相当難しいな
そんなことを感じました
実は今、
自身に課しているテーマが
どこまでのフィクションを
小説の中に取り込めるのか?
なのです
史実小説ってのは
ノンフィクションに近い分野なのかな?
って勝手に思っていたのですが
とんでもなかったですね
逆に史実があるがために
どれだけフィクションを取り込めるのか
が難しいのかもしれません
確かに
大河ドラマを観たらわかりますよね
主人公を誰に置くかによって
イベントの見え方は全く異なりますし
そもそも、
同じ主人公のお話だって
脚本家によって捉え方
フィクションの匙加減が
全く変わってきます
さらにもう一つ
読み手がどこまでフィクションを許容するか?
って問題があります
大河ドラマも
あまりに架空のキャラを登場させたり
斬新な解釈を入れすぎると
既存ファンから批判されたりします
(逆に新しいファン層獲得に繋がることもあるか?)
そして、
その匙加減ってのが
時代によって変化する
のだと思う
これを敏感に察知していかないと
継続して活躍できない世界なのかも
厳しい・・
史実があるからこそ
史実物は難しい
非常に勉強になりました
そしてもう一つ
勉強になったのが
文章に品がある
例え方が非常に難しいのですが
本全体を読んでて
頭の中にイメージされたのが
小川のせせらぎ
でした
サラサラと
そして、淡々と
止まることなく文章が流れていく
かといって
けっして退屈なわけではなく
場面場面で
美しい部分は
ちゃんと美しく表現されているの
流れの中で見える
美しさ
これが相当難しいんですよ💦
目下、私の最大の悩みです
書き手になると
殊更実感するのですが
ここが肝
ここが感動ポイント
というのは
もちろん書き手の欲求としてあって
どうしてもそれが邪魔するんです
筆に力が入ると
はい、
ここ綺麗な場面ですよ!
という
なんとも押し付けがましい
シーンになってしまいがち
映画とかドラマでもあるじゃん?
押し付けがましい感動シーン
あれ、
もちろん本心ではやりたくないのですが
無意識にやってしまいがち
谷津さんの文章を読んで
自分のそんな未熟さを
どうにも実感させられてしまいました
私の作品からは
まだまだ「あざとさ」が
滲み出ているかもしれない
今後、筆を重ねていければ
それを削ぎ落として
成熟させることができるかな
なんて、思いながら
作品を読ませて頂きました
現在、他の教材も溜まっているので
落ち着いたら
谷津さんの別作品も読んでみたいと思います
日々、これ精進
では
きゅーさん@産婦人科医のmy Pick
