重い精神疾患は自分の感覚や思考がアテにならなくなる | kyupinの日記 気が向けば更新

重い精神疾患は自分の感覚や思考がアテにならなくなる

ヒトの判断力は脳が正常に機能して初めて信頼できるものなので、特に重い精神疾患では病巣の座が脳であることもあり、自分が正しいと思える判断もアテにならなくなる。

 

例えば精神病では、「盗聴器が仕掛けられている」とか「床の下にトンネルがあり、誰かが自分の話を全て聴いている」といったものである。

 

これらは周囲から見るとかなり荒唐無稽であり、容易に間違った判断だとわかるが、本人はその真否の判断が難しい。しばしば家族と押し問答になったりする。

 

今回のテーマは、これら精神病でも中核的な幻覚妄想に由来するものではなく、疼痛、異常感覚などもう少し一見、本当なのかどうかわかりにくいタイプのものである。

 

過去ログでは、器質性の幻覚妄想はリアリティがあるため、周囲の人たちに事情聴取しないと、本当に妄想なのかわかりにくいという話を紹介している。

 

疼痛の場合、本人にとって切実なものであり、周囲の人はその疼痛の大きさがわかりにくい。一般には本人が痛いなら、痛いと言うことでしょうといったところである。

 

疼痛の場合、本当にその部分が痛いわけではなく、脳の電気信号として疼痛を感じているだけのことがある。わかりやすい例だと、脊髄の損傷の後、痛覚がないはずの四肢に激しい疼痛を感じるなどである。疼痛はしばしばうつ状態とセットになっているので、その治療経過でサインバルタなどを投与するとかなり軽快することがある。

 

少なくとも、はっきりしない疼痛があるうつ状態の人にトラマールやトラムセットなどの直接的な疼痛を軽減する薬を使うより、最初からうつ剤治療をメインにした方が薬が増えなくて済むことが多い。それでもなお、疼痛系のうつ状態の人たちはかなり薬が多いのが普通である。

 

全く器質的異常がない疼痛、例えば健康な歯などに疼痛を感じるなどは、うっかり神経を取ったりすると、後戻りができないため、できれば何もしない方が良かったという結果になることも多い。

 

これらのうち典型的で重篤な病態は、ミュンヒハウゼン症候群やポリサージェリーである。

 

これらの疾患は自分の感じる疼痛が、実はアテにならないという点で、最初に挙げた精神病の幻覚妄想に似ている。

 

異なる点は、一見、疼痛はその人にしかわからないので、リアリティがあることであろう。その点で、精神病の盗聴器などの話に比べ、ずっと統合失調症的ではないし、器質性疾患ぽい所見と言える。

 

統合失調症などの重い精神病の場合、自分の判断が、妄想なのかどうかさえ吟味することは困難である。それはその所見と自分の立ち位置に関係している。(過去ログでは「構え」などの表現をしている)

 

しかし疼痛に関しても、吟味はかなり困難である。それは本人にとって切実なものなので、「その痛みは、実はまぼろしのようなものです」なんて言うと、怒り出す可能性が高い。それは「この医師はわかっていない」と思うからであろう。

 

しかし、治療関係ができてくると、このまぼろし説はかなりリアリティが出てきて、そのような話ができるようになる。ここが、統合失調症と疼痛性障害の人たちの大きな相違と言わざるを得ない。

 

良く考えると、疼痛のようなはっきりした感覚さえ、実はアテにならないこともありうるのは不思議な話である。

 

これらの話は、疼痛性障害の人たちに自然治癒が意外に多いことも支持していると思う。

 

いつだったか、テレビで年齢に比し著しく若く見える女性が紹介されていたが、元々、線維筋痛症だったらしい。あまり老化して見えないことは、線維筋痛症と無関係ではないのではないかと思っている。

 

自分の患者さんで、思い出す限り、線維筋痛症の人(整形外科など身体科で診断されていた)は、全員、完治している。「完治している」の言い方が微妙だが、もはや疼痛系の薬を一切のんでおらず、疼痛がない状態である。

 

一部の線維筋痛症の人は、リウマチ因子もマイナスに転じているが、これが珍しいことなのか、そういうことも良くあるのか不明である。彼女は、リウマチになろうとしたが、そのタイミングで線維筋痛症が生じたため、引き返したのでは?と言った、オカルト的な判断をしている。その理由は、彼女がリウマチ家系だからである。

 

ある女性は、出産の後に線維筋痛症が生じたが、一時は絨毯爆撃のように疼痛の薬を服薬していたが、今は眠剤しか飲んでいない。それも毎日は飲んでおおらず、概ね半年に1回くらい受診する。これは少なくとも線維筋痛症・疼痛性障害的な部分は完治している。

 

彼女たちには、特殊な疼痛は、実はまぼろし的で実体がないものが多いという話は非常に通じる。彼女たちが腹を立てることもない。

 

疼痛が酷い時には、「それは本当は実体がないかもしれない」という話はしにくいが、僕はそういう風に思える時は言うようにしている。時間が経ち、「やっぱりあの時に言った通りだったでしょう」という話もできるからである。

 

精神科では、本人が話す内容が実は事実と異なっていたという経験がしばしばある。したがって、いかなる話もある程度の距離を取って聴いていることが多い。これは精神科医ならではのスタンスだと思う。

 

彼ら、彼女らの感覚がアテにならない以上、彼らの話も常に100%正しいとは言えないからである。

 

長くなるのでこれくらいにするが、最後に、

 

男の人と女の人が子供2名を虐待していたので、警察に通報した。子供は流血していた。夫婦で棒で叩く。恐ろしくて失声になった。婦警さんが来てくれた。死ねと言っていたらしい。

 

患者さんからこのような話を聴くと、本当かも?と思うじゃない。その人は統合失調症とかではないし、ひょっとしたらありそうな話である。しかし、その場に居合わせた人から聴くと、事実は全然異なっていて、そういう虐待の事件ではなかったのである。(なぜそういう話をしたのか今一つ分からないが、失声の理由づけでもしたのかと思う)

 

参考

統合失調症っぽくない妄想