「自分ルールで生きたいんだ」 | 頭で悩むより、神経系から整える。人と心がもっと愛おしくなる話

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人が前に進めないとき、身体と神経系では何が起きているのか?東京藝大卒・元ソニーミュージックディレクターの皆川公美子が、独自の「BMS(心身相関)」視点で人の心と感性の世界をマニアックに紐解く探求ブログです。

HSP/HSC プロデューサー 皆川公美子です。

 

ここ数日、不登校のお子様のご相談が続いていました。
こちらのブログでは大人の皆様に向けて、

HSPのユニークな才能を社会で活かしていく事を中心にお伝えしていますが、
不登校になっている感性の鋭い子供たちの事を今日は、ちょっと書きたいと思います。






不登校になる子にもいろいろなタイプがいますが、

そのHSCの子供の感覚のセンサーの高さがどこに向いているか、

のタイプでかなり様相が変わってきます。

 

1番目は感覚器官の敏感性がとても高い子

五感もそうですし、何かが見えるとか聞こえるとかの直感
 

学校ですと教室がうるさすぎるとか
制服が窮屈すぎて着られないとか
人が触ったペットボトルは嫌だとか

チクチクしたものが着られないとか
給食の匂いが嫌だとか
人混み疲れがひどいとか

そういう子たちです。



2番目の一群は、
人の気持ちがわかりすぎる=共感性が高すぎる子供たちです。
この子たちは先生の怒りが誰か他の子に向いていても、その怒りが発せられていること自体にダメージを受けてしまいます。
お友達のそれいいね。と言う一言にも、そこに込められている嫉妬の感情や羨望の眼差し
悔しさ、そういうものがいりまじって入っているとわかっちゃう。
不意に目に入ってくる残虐なニュースの映像や
授業で戦争の写真等を見せられる事でもダメージを受ける心優しい子たち。

 

(あ〜そうだったとご自身のことをふりかえっておられる方もいらっしゃいますか)

 

 

 

3番目は洞察性と呼んでいる、

物事の本質とか真理とか
その場にあるシステムとか

そのチームの本質についてのセンサーが高い人たちです。

子どものころから哲学者。

 

学校でなぜ大人だけがいばっているのかわからない

書き写し学習なんてなんの効果があるのかわからない

自分が納得していない時間に付き合わされるのは大嫌い。

 

 

よくHSP談義のなかで

 

HSPは生活のどこかに自由がないとだよねみたいな話になりますが

この洞察系の子供たちが、1番本質的な自由を求めているかもしれません。

 

「本当の自由と言うのはさ、選択できることではなくて、
自分ルールで生きられること。なんだよ」


これは小学6年生が言った言葉です。

 

選択できることではなくて

自分ルールで生きられること。

 

 

これまでの概念では

自由というのは、選択できること、どまりだった。
 

そこに用意された枠はあった。

 

けれど、自分ルールで生きる、とは

 

いったいどういうことでしょう。

用意されたシステムではなくて

 

自分の内側から湧き上がってくる創造にまかせ、

 

それを実現していける場。

 

最近、HSPの方たちと話していて、
これまでにないような、ユニークな仕事がいくつも生まれるなあ、
これを横のつながりの場としてつないだら
できないことは何もないんじゃないだろうか、
とういうような実感を得ます。

 

 

子どもたちは、わたしたち世代よりずっと魂レベルが高いのかもしれない、

と思わせる

名言ばかりを聞きますが、

 

わたしたち大人も、

自分ルールで生きる世界に、

諦めずに向かっていきたいですね!

 

 

自分の中から湧き上がることを

きちんとキャッチできるように

 

わたしたちは気を配っていないと

常識と言うフタに

カンタンにやられちゃう。


でもフタを見つけたら

毎回丁寧にあけて

それを捨てていきましょう。