クミシュラン主宰 皆川公美子です。
Yさん、ありがとう。
大切な友人が逝きました。
この1週間感じていたことを思い出すと悲しいという感情よりも、
あ、やっぱり・・・逝っちゃったという静かな見送り感がありました。
でもそれは時間がたつにつれてボディブローのように効いてきて、
頭は妙に冷めているのに、まさに身体の奥のうまく痛みを感じることができないエリアが妙に重たくて石が入っているような、そんな感じになってきました。
今日の午後の楽しみな約束も、わたしが心ここにあらずで台無しにしてしまいました。
彼女と行ったケーキ屋さんい行こう。
そうしてケーキの写真を撮ろう。
そう思って、角をまがったら
なんとまあ、Yさん、鮮やかね、そのお店は閉店して
次のお店のオープンの告知文が楽しげに壁に踊っていました。
「思い出にしがみつくとか、公美子さん、そういうのどうかな」と彼女の声が聞こえます。
なんだか行き場を失っちゃって
隣駅の時々お世話になるマッサージのお兄さんの予約をとりました。
背中を押してもらいつつ、しばらくして聞きました。
「・・・・・悲しみは肺にたまるって本当ですか?」
「・・・・よくご存知ですね。怒りはどこにたまると思いますか?」
「えっと・・・・肝臓ですよね?」
「・・・・そのとおりです。中国の五臓の考え方です。」
そとのかすかな雑踏の音を聞きながらしばらくだまっていました。
「・・・・大切な友人が逝きました」
「・・・・・・そうですか」
「でも悲しんで欲しくないってひしひしと伝わってくるから
どうしようかなと思って、来たんです」
うつぶせになっている背後でお兄さんがうなづいているのが気配でわかります。
またしばらくたちました。
唐突にお兄さんが言いました。
「・・・・大変、でしたね・・・」
それを聞いたら、急につつーっと涙が出て、
鼻水も出てきて、
マッサージベットの顔の下の穴のふちに
いっぱいつきました。
でもそのままにしていました。
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彼女との出会いはとても不思議なものです。
不思議なはなしが嫌いな方は、ここまでにしておいてくださいね。
数年前のある日、彼女はわたしのサービスに申し込んでくれて会うことになりました。
午前中の光が入る、素敵な紅茶のお店でした。
わたしが到着すると「皆川さん、おひさしぶりです。」
目をくりっとさせていたずらっぽく笑いながら美しい彼女は言いました。
「え?どこかでお会いしましたっけ?」
「覚えていませんか?」
「・・・ごめんなさい」
「17世紀くらいのフランスです」
ぎょぎょぎょ。
それから彼女は斜め右にある小窓にあたかもビデオが映っているように
凝視しながらいろいろなことを教えてくれました。
わたしと彼女はフランスの女王様のもとに仕える侍従団の同僚だったこと。
わたしが侍従長として、女王様に城下の様子や、何がお城の外で流行っているか、
民はどんな暮らしか、そういうことを物語のように語って聞かせていたと。
そのお話が面白くて、みんな耳をそばだてて近くのドアのかげに
すずなりになっていたこと。
お城の外では舞踏会?のしつらいのために、みなでつれだって花を摘みに行き
「このくらいの大きさの」「とってはこんな風になっていて」とゼスチャーで示しながら「かごに花をいれてね、、」
お城に帰るとわたしが「このブルーはこっち」「この黄色はこっち」と指示をしながら
お城の壁やテーブルにしつらっていたこと。
女王様のドレスのレースを「あと10センチ上に」という一幕もあったな、と
それがフランスのリュクサンブール宮殿での出来事だったと教えてくれました。
彼女とわたしは、その後違う時代、日本では大奥でも、そのほかの場所でも一緒にいたようでした。
「皆川さんは光はここにあるって仕事をするんでしょ」と明るいオーラで語ってくれて、
たまにランチをしてはわたしをはげましてくれていました。
メディチ家のお抱えの金の選り分け師?をしていたこともあると言っていました。
そこで作業をしているわたしは
望遠鏡のような長い鑑定鏡を目に当てて、金のかけらを見ていたそうです。
(これはまったく彼女と関係のない霊媒師さんにも同じことを言われました。
なんだか望遠鏡見ているみたいなんだけど、なんでだろう、
皆川さん上じゃなくて下を見ている、、、と。イタリアだということも
同じでした。)
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彼女こそが「光」でした。
透明感がありすぎて、向こうが透けて見えちゃうよと思うほど
光の要素を感じる人でした。
私たちが感じているような、前から後ろに1本でつながっているような時間というものは実際にはないのではないかと言われています。
時間は空間と同じでたくさんの場所にたくさん存在している、というのが
物理学でも証明されているとかいないとか?
そうやって、パラレルに存在しているどこかの時間に
彼女は今も存在していて、
そのうちいくつかはわたしも一緒にいるのだろうと思うのです。
こと、彼女とは過去にも何回も一緒の時間を過ごしていることがわかっているので
金輪際会えない、という感覚はありません。
またどこかできっと会える、そう思っています。
でもね、幼い娘さんのことを思うとやっぱり胸がはりさけそうです。
たまらなく、娘の成長を見たかったよね。
怒りと不安で胸をかきむしった夜もあったかもしれない。
彼女のためにお洋服を選んだり、
食事をつくったり、
アイロンをかけたり、
一緒に散歩したり、
何組かであつまって川べりのお弁当も
もっとやりたかったよね。
小学校、中学校、高校とどんどん背が高くなる
娘さんの姿を見たかったよね。
ほんと見たかったよね。
毎日の瞬間瞬間を愛おしんで、
明るく過ごしていた気丈なあなたを思うと
頭がさがります。
魂は永遠だとか
宇宙と一体だとか、
そうかもしれないけど、
いまはそんなのどうでもいいと思った瞬間がどのくらいあっただろう。
時空を旅できることを知っていたあなたでも
そんなのどうでもいいから
娘の成長を見たい!と思っていたかもしれない。
人生は楽しいことも苦しいことも体験するための
魂の成長プログラムだと言います。
だから祭りだと。
好きなように祭りを生きればいいと。
宗教、
道徳、
常識、
気分、
アイデンティティ、
わたしたちはだれでも自分が作った物語のフレームのなかに生きる。
時空を超えて存在するという物語にも
肉体を失ったらそれでおわりなんだという物語も
そうかわりはないのかもしれない。
今、この瞬間に
左手の甲にある切り傷の痛みや
目の前にすわるテツや
たまった仕事の作業のポストイット、
帰ってくる娘たちのご飯何にしようという、
わたしの物語を
思い切り愛おしんで
精一杯生きようと思う。
Yさん、次は何世紀のどこで会おうか。
彼女の顔を見たくてスマホの写真をあけると
最後にまったく覚えのない「赤だけ」の写真が入っていました。
なんのしるし?
「情熱を持って、仕事を遂行せよ?」
そういうこと?
可憐な赤が似合う人だった。
赤いおしゃれなボーダーを、着ていてください。
また、おいしいアールグレーを飲もう。
https://www.youtube.com/watch?v=8Os7z0i66j8
最後にこの曲を、聞きながら
わたしたちがいた場所にカンパイ。
