2014年香川県の直島の旅から。
直島は、ハコモノアートとか、
言われたりもするみたいなのですが、
現代アートのエッセンスをしっかり汲んでるやはりとても美しい島なのです。
李ウーファン美術館もとても感動しました。
李禹煥さんは、今やベルサイユ宮殿の庭園にオブジェを作るほど
アート界では大御所です。
その作品はいたってミニマム。
削ぎ落とすことの限界を試しているような
シンプルさです。
そぎおとし続けてそこにできた空間を愛でる。
そこからどんな感触?感じ?を受けるか、
そのひとりひとりの受け取り方こそが
アートなんだと言われているような気がする。
李さんの作品は、ミニマム、もう限界までミニマムで、いろんなものを削ぎ落とし削ぎ落とし、その自己に対する挑戦のようなものが、凄まじかった。
これが美術館の入り口です。
削ぎ落とすって、ひとくちに言うけど、
削ぎ落とすのは難しい。
デコレーションしていくほうが、
プラスしていくほうが、
なんであっても簡単です。
自分にとって何が欲しくて何が欲しくないものか。
何が必要で何が必要でないか。
何が大事で何が大事でないか。
一番大事の少し外側は何か。
大事ではないけど、欲しいものは何か。
捨てたいけど、捨てられないものは何か。
時間がたったら捨てられそうだけど、今はまだ捨てられないものはなにか。
それはアート作品のパーツの話だけではなくて、
人生そのものについて、
いつも突き詰めていないと、
作品つくるときだけ、なんてことはできないものです。
李さんのことは、これからまた本を読んでみたいと思っていますが、
在日外国人の方なので、
祖国から見ても、
日本から見ても、
どこの誰?という状況を突きつけられていたそうです。
自分が帰属している場所、
それは誰にとっても幻想かもしれないけれど、
でも主観にせよ、帰属できる場所。
それを持てるか持てないかは、
立ち位置という問題上、大きいのでしょうね。
立ち位置、それは自分の選択を決める、
第一番目のステップなのかもしれません。
絵葉書は、単なる思い出に浸るようグッズ、又は、本当にそれがこの世に存在しますからという証明書程度のものなのですが(笑)、
展示室の雰囲気をちょこっとだけでもお伝えしたいと思い、載せますね。
作品のもつパワーは、葉書からはこれっぽっちも伝わりませんが、
本当にその作品の前に立つと、
とてもいろいろなことを考えさせられます。
それこそが作品のもつ力です。
その作品はどういう意図で、
どこで作られ、
どういう考えの元にここに置かれているか、
という説明書きがなくても
その作品の持つ力のみで
そこにすっくと存在する。
そして、その存在が人に何かを考えさせたり感じさせたりする。










