今朝ののりまえるまさんの投稿。
朝から泣いてしまった。
彼女は大好きなアーティスト。

セッションで、その人への絵を描くの。
宇宙のエネルギーと仲良しだからね。
私も描いてもらおうと思っている。
そしてそのときは、もう近づいている気がする。
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なんか急に思い出した。前の夫が亡くなった時、最初は
黄疸がすっごい出てたし
苦しそうな死に顔だったんだけど、
それが数時間後には、
微笑んでる表情に変わったんだよね。
黄疸が消えて、ほっぺなんてピンク色でね、
口角が上がって、頬の肉が丸くなって
それはそれは可愛かった。
あれを見せてもらったおかげで、
死ぬのって移動なんだなってわかった。
支離滅裂かもしれんけど。
自分の余命はわかってたから
懐にいつも入れてた詩があってね、
ねがはくは花のしたにて春死なん
そのきさらぎの望月の頃
これをローマ字で書いたやつと
それのドイツ語訳をいつも持ってたし、
友達や同僚にも配ってた(!)
春を待たずにいっちゃったんだけど、
友達がお別れの会に
桜の枝を大変な思いをして探して
持って来てくれてね。
暖房をいっぱい焚いて、
なんとか骨壺の上に咲かせたんだよね。
あんな可愛い微笑みを残してくれて
わたし的には、彼が生まれて来た役割は
あれだけで90パーはクリア出来ちゃったんじゃないかと
思ってしまうくらいだ。
なんか急に思い出した。
なんでかな?
満月だからかな?
まぁ、ともかく、ありがとうね。
本当に、ありがとう。
本当に、ありがたいです。
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死んでいく時、
魂が肉体を離れるとき、
本当に「走馬灯のように全人生をさささーっともう一度味わうの」ですって。
赤ちゃんで生まれてから死ぬまでのことを、
早送りで、
自分の人生見返すのですって。
のんちゃんの、前の旦那様は黄疸があって身体が苦しかったけど、
魂が肉体を離れたあと、
とっても幸せな人生だったなあ~とほほ笑んだのだろうなあ

以前、看護婦さんの現場からの声、というので知ったのですが
人が亡くなるとき、
一番多い声は、
「もっと自分の思うように生きればよかった」
なんですって。
人は、なぜか
常識や、
世間体や、
自分の怖れや、
不安や、
そういうものにとらわれて、
自分の思うように生きにくい動物なのかもしれない。
でも怖れとかって、
バカみたいじゃない。
自分で自分に制限かけて、
何も起こってないことに対して心配して、
自分で作った恐怖映画を
自分の頭のなかで上映しちゃったりして、
バカみたいじゃない?
私もこのおバカのひとりなんだけどね、
なんでもやってみたらいいよね。
思う存分、
思いっきり、やってみたらいい。
で、ダメだったら、
軌道修正すればいいだけじゃない?
わけのわからない自分の「怖れ」に
足をとられて、
できなかった、
人生を思い切り生きられなかった、
そういうことが魂の旅立ちのときに悔いとして残るなんて、
そんなのアホくさくない?
のびのびと、
生き生きと、
やってみたいことは全部やって、
ダメだったら微笑んでタンタンと軌道修正、

できたらわ~~~い!
って喜んで、もっと次をやる。
私はそういう人生を送りたい。
のんちゃんの前のだんなさま、ありがとう。



頭では分かっているのに、
そういう情報が怖れとして身体から湧き上がってくるときがある、
それはきっと身体のほうの調整をかけないといけないのね。
でも・・・逆にそれが人生を味わうってことでもあるのよね
。怖れている自分も否定しない
。怖れている自分もかわいい
。今日もリラックスして、のびのびとやりたいことをやろう!
