普段はリアル知人の著作物はブログで取り上げない(キリがなく、また差別化したくないので)のだけど、例外で一つ。
というのも本文内に若き頃のぼくの写真も載っていたのが理由![]()
それが「エロチカ・バンブーのチョットだけよ
」by野口千佳。
野口千佳さん、本名はずっと知らず(^-^;、ぼくが出会った1990年代は夏草はるかという名前のヌードダンサー。
その頃ぼくはクラブミュージックの勃興と共にサラリーマンを辞めて音楽の世界へ飛び込み、活動していたバンドの一つ「パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス」で九州ツアーをすることになっていた。
当時はもうグランドキャバレー文化が風前の灯火だったが、ネオグランドキャバレー文化をやろうとしていた我々。
まだ現役だった博多のミナミという立派なグランドキャバレーでライブをやる際に紹介してもらったダンサーさんが夏草さんだった。
その頃に撮った写真が載っていた。
上の写真の後列左端、下の写真のジャケット男の左端がぼく。
坊主でないし眼鏡でなくコンタクトだったしと今とはずいぶん違う![]()
ぼくのことはさておき。
ツアーの最中にバンドと意気投合。
彼女もグランドキャバレー文化を何とか次の世代へ継承したいと模索していたのだ。
そういうわけでその後は東京などで公演するときも客演を依頼。
ちなみにこのバンド、渋谷のクアトロとかでシリーズ化してライブをやってたんですよ。パルコ劇場でもやった。
MCが彼女を紹介するときはいつも「天才ちびっこヌードダンサー、夏草はるか~![]()
」だった
…今振り返るとそのキャッチコピーはどうなんだろう(^^;
そしてもはや幻の域に達してしまった首都圏ローカルの深夜番組「ラテン専科」にも専属ダンサーとして出演してもらう。
その後しばらくして彼女は渡米し、エロチカ・バンブーという名前のバーレスクダンサーとして全米No.1になり、また出産も経験するのだけど、この本の内容はそのあたりまで。
その後日本に戻ってきてからは東京ティーズ、横浜ティーズなどを企画し日本のネオバーレスクシーンを先導、その時はぼくが主催していたバンド「モーリアマンシーニ楽団」でよく一緒にやった。
このブログでもその模様は何度か紹介したな~。
立ち止まらない彼女、次はフランクフルトへ旅立って行ったのだけど、その辺の話は「続・チョットだけよ」で書かれるのだろうか![]()

