実は、グリーフという感情を初めて知ったというか味わったのは、看護師になる前に出会ったAさんの出来事からなのです。

*この後のA子さんのお話は、ご本人様へ了解を得て記載しております*

私が20歳台中盤の時の看護学生の時です、A子さんとは、アルバイトで地元の「Cavendish」というカントリー調のカフェで  アルバイトをしていたときに出会いました。

 同級生ということもあり、すぐに仲良くなり、いろんなところへ出かけて遊んでいました。
ある日、Aさんから『私の秘密をお話します。お家に来てください』と改まった感じで、ご自宅へのお誘いがありました。
元々Aさんはとてもお洒落な方でしたので、お家のインテリアもとても素敵で、ベランダからの眺めも良くすぐ近くに沼津の海が見えるようなお部屋でした。
 
 急にA子さんは正座をし始めて、かしこまった感じで『これからの話は結構衝撃的な話だから、途中で聞きたくなくなったら 止めていいからね』と言われました。
 一体どんなお話になるのか、普通の話ではなくダダごとではない話がこれから始まるんだと、心がきゅっとしまった感じを覚えています。

 それから静かに話はじめました。
『実は18歳の時に卵巣がんで末期だったの、お母さんには先生から余命2か月と言われたらしいよ。高校卒業してから歯医者さんに就職したんだけど、仕事を早退したくて仮病を使ったの。

熱もなかったから、咄嗟にお腹が痛いと言ったら、『病院へ行って診断書をもらったら、職場に帰ってくるように』

と言われたんだよ。

だけど近くの病院に行ったら、そのまま、すぐに大きな病院へ紹介されて。仮病のはずが卵巣がんだった。1か月後に手術をしたんだけど、その後も進行が早くて。術後に抗がん剤を半年受けて。その当時ってまだ抗がん剤の量も決まってないのかな、
医療知識がないからわからないけど、結構たくさん抗がん剤量を打ったんだよね。抗がん剤の影響なのか、わからないけど、意識を失ってしばらく起きられずにいてね。その当時はお腹も腹水でパンパンに張っていて、体重32㎏しかなくて自分で起き上がることもできなかったんだよ。

 意識を失っていた時に不思議な夢をみてね。病院の廊下に白いワンピースを着た女の人が出てきて、その人の手から白い光のようなものを出して、私のお腹にあててきてね、すごい熱かったのを覚えているよ。
それからその女の人が、私の頭に手をのせて『もう大丈夫だからね』って言ってくれてね。
 
 それからしばらくして意識が戻って、だんだん体調も良くなって腹水も消えて、手術もすることができたんだよね。抗がん剤が効いたのか、その女の人が直してくれたのかわからないけど、どんどん元気になって治ったんだよね。』

 -話は続いていきました。この時点で私は放心状態で泣いていたと思います。

 1個年下の彼氏がいたんだけど、入院していた時はまだ付きあってなかったけど、時々夜病室から抜け出して遊びに連れてだしてくれたんだよね。退院して半年後にお付き合いしたんだ。

 ある日ね、結婚しようってことになって、その彼が、家に来て両親に挨拶に行くからといった日ね。
『これからお前のうちに行くから』と電話があって、『待ってるね』と返事して待っていたんだけど・・・。

なかなか来なくて、そのうちに彼の友達から私のところに電話があって、『○○がバイクで事故して即死だった』と連絡が入って・・一体なにを言われているのか、全然理解できなかった、その日のことも、
その後のことは今も何も覚えていないんだよね。

 しばらく放心状態で家から出られなかった、どうやって生きてきたのか、ご飯も食べていたのか、息もちゃんとしていたのかも全然わからない状態だったよ・・・涙って枯れることないんだよね、ずっとこれでもかって泣いてたよ。病気だったときからね。
 
 ようやく世界のものが見えてきて、視界に入り、色々な事が認識するようになり、自分に戻ってきて、こうやって外に出られるようになったからCavendishでバイト始めたんだ、と。ここまで来るのに4年かかった・・・。』

 A子さんのお話は、あまりにも衝撃的な内容で、頭の中が真っ白になっていました、ただただ、胸が苦しくて重くて、涙だけが出ていて、最後嗚咽まで出ていたと思います…(A子さん、その時の私ってどうでした?)

『自分と同じ年齢のA子さん、私が18歳の時は平穏に何も起こらず日常生活を過ごしていました。だけど同じ時期のA子さんはそんな大変な毎日を過ごしていたんだ』と・・・。

話はここで終わりました・・・。

するとA子さんのお母さんがマグカップにミルクティーとお菓子を入れて持ってきてくださいました。
その時のミルクテイーの味がとても甘くて美味しくて、香りも上品でした。
ズシンとなっていた心に温かく、やさしく甘い癒しが浸透していき、本当に愛と優しさを感じる味でした。

 今でも忘れない味で、その紅茶を飲むと、いつもこの日のことを思い出します。
A子さんのお母さんも当時は本当に苦しくて大変だったんだろうな、娘がそんな辛い状況を経験していて、一番近くでみていたお母さんだったからこそ、この味のミルクティーなんだろうなと感じました。
 

 

※お写真、お借りしました。クローバー

 

今、私にも娘は2人いるのですが、ここでこの記事を書きながら、あの時のA子さんのお母さんの気持ちが痛いほど伝わってきました。

それから、時は過ぎ、A子さんとはドライブにいろいろ出かけていきました、山中湖だったり、東京の帝国ホテルにも泊まりに行ったり、合コンにも出かけたり?!してました。
 
 ある日、A子さんに素敵な出逢いが訪れ、亡くなった彼のことがずっと忘れられなかったA子さんは最後まで悩んでいました。包容力のあるイケメンの彼は、ずっとA子さんのそばにいて、数年経過して二人は結婚することになりました。

 実は卵巣がんにて手術をしたときに両側卵巣切除をしているため生理がなくホルモン剤を内服しているA子さん。『結婚したいし、ちゃんとこどもも欲しいから生理をまた起こしてもらえるよう病院の先生にお願いに行ってくる』と連絡がありました。
 
 そして、数時間後に病院が終わった後、電話がA子さんからあり・・・
『先生からね、18歳の手術の時に、実は子宮までがんが進行していて、手術を一旦止めて、お母さんに確認したんだって、子宮も全的するか、そのまま残しておくか・・・でもお母さんは、娘の命を助けてくださいと言ったんだって、子宮も取ったことは娘には言わないでと先生との間で決めてたらしくてね・・・
私、子ども産めないんだって・・・・彼とお別れしなくちゃ』と連絡がありました。

 その日は、そのままA子さんのことが心配だったので、少しの時間落ち合いましたが、
仕事が終わった彼も心配だったようでA子さんに連絡があり、その後二人で会って色々話をしたようです。

ーどうして、A子さんにこんなに残酷なことが次から次へと起こるんだろう。もうこれ以上、何もしないで、傷つけないでほしい!と祈っていました。

あれから20年以上経過し、今のA子さんは、その当時と彼と結婚しています。
もともとトリマーのお仕事をされているのですがもう一つ、日本燦々認定 大麻飾り職人さんでもあります。

 A子さんの起こった出来事から、グリーフという感情を知ったのです。この時はグリーフという言葉自体は知らないけれども、深い大きな悲しみという感情であることは感じていました。

 

今回のこの記事を書くことについてA子さんに確認していただいたのですが、以下A子さんからのお返事です。

 

『今回のことが、きっかけで今、あの時のことを振り返って今の幸せを感じていますクローバー

高校卒業し歯医者に就職したおかげで(当時は歯科医師国保が0割)なので保険のきかない、お部屋代と抗がん剤をやるたびに白血球が1桁代まで下がってしまって、保険のきかない注射(白血球を上げる薬)だけ自費で払った後はみな、保険でお金がかからなくて済んだんだよ、しかも4月に歯医者に入社して6月末に手術したから2か月しか働いてないの、病気になるための神様からの準備を神様がくれたのかなキラキラ』

 

 グリーフ(悲嘆)について

 

➡のちに2017年上智大学グリーフケア研究所グリーフケア養成講座に2年間通学し、『悲嘆【グリーフ】』について学びました。
『グリーフ』とは喪失感(愛する人・親しい人との別れ、環境の変化など様々な喪失によるもの)から体験する複雑な心理、身体的、社会的反応と言われています。

もう一つ、その人の魂(自分本質の部分、エネルギー源)が深く傷ついている状態にあります。
 
今後、またグリーフケアについて配信していきたいと思います。


最後まで、長い文章を読んでくださり、ありがとうございました。心から感謝いたします☆
*A子さんのお話は、ご本人様へ了解を得て記載しております*

 

クローバー