菅と藤原一族
今や悪政菅内閣や米国、マスゴミ、官僚組織の悪行はツイッターやブログ、インターネットサイトにおいて拡大する勢いが止まらない。 この日本の行方に危機感を持つ方が増え、日々の情報などを詳しくブログで書かれている方も非常に多くなったと感じている。
そこで今日はニュースでの話題などではなく、以前私が自分の名字の由来をネットでいろいろと探していたときに「菅」という名字は「藤原」と繋がるということが載っていたことを思い出し、さきほどそのような内容のサイトやブログがないか探してみた。
そうしたら菅直人が官僚組織に従う理由(菅=藤原一族)が書かれているブログがあったので転載します。
菅直人が藤原家の末裔かどうかは私には分からないが、参考として読んでみて下さい。
(転載貼り付け開始)
菅でしめたと感じた藤原一族司法宮(日本の歴史は日本人が創る)
我ら道々の民の篤き支持に拠り、ヤマト建国以来初めて、此の道々の民の手で擁立された民主党政権の鳩山首相と小沢幹事長を、いとも簡単に政権運営の最前線から追い落とすことに成功した藤原一族司法宮、だが、鳩山首相に代わって民主党の首班に指名され、且つ、衆参両院議員に拠ってともに内閣総理大臣に指名されたのが、前副総理兼財務大臣の菅直人であったことは、あの日本を駄目にした百済系藤原一族の末裔、即ち、日本の政官財並びに学術文化界に、千三百六十有余年にも亘って君臨し、隠然とした影響力を行使し続け、今もなお宮内庁を其の司令塔として置く藤原北家にとっては震撼為さしめる其れは名前、即ち、<菅直人>の菅は、百済人中臣(藤原)鎌足のテロル虐殺の対象となった蘇我入鹿系の菅(カン、スガ)、或いは、栄華を極める後の藤原家一族、即ち、藤原時平の政治的策謀に因って貶められ、福岡の太宰府に左遷され、二年後の西暦九百三年に病没したとされてはいるが、薬殺に遭ったのではないかとも疑われている菅原道真の菅(スガ)、所謂、蘇我系の血を、菅直人の“カン”からは千三百六十五年後の今にして思い浮かばせているからではある。
あの日本を駄目にした藤原一族の末裔にとっては、幸いにしてとでも云うべきであろうか、即ち、第九十四代内閣総理大臣に指名された菅直人自身が、斯かる、延々と続く歴史的怨霊の存在の由来を一切知らず、基より、闇に隠れし史実など一切知らず理解せずの現況下にも在れば、取り巻き陣営の薦めるが侭に、反小沢、若しくは、非小沢の陣営に身を置かなければ新政府には一人として入れない等の姦策にまんまと嵌り、「小沢切り」を鮮明に打ち出す組閣人事の組み立てなど、全くの愚行で受け容れ難きもの、道々の民の敵方に位置する旧権力者群が繰り広げる、司法府やマスメディアを流用した「打倒小沢一郎!」の謀略に、其れこそが無残にも嵌ると云う事でしかない。
況してや、菅直人が言った、所謂、「この際、(小沢一郎には)動かずにじっとしていて貰いたい。そうすれば、本人の為にも、民主党の為にも、政治の為にもなる。」との発言は、無知を素にする稚拙で不条理なる言い分、良質性を求める道々の民にとっては聞き捨てならないものであり、メディアへの迎合でしかなく、況してや、小沢一郎に示された検察庁に因る二度にも亘る「無実の公証」を、菅直人自身が否定して見せるかの如き其れは物言いと云うもの、社会正義を勘違いした中で、菅直人はそれも堂々と「臭いものには蓋」をして、我ら道々の民の面前から押し隠そうとするもので拙劣なる戦術、あの日本を駄目にした藤原一族末裔の術策にまんまと嵌るものでしかないのである。
基より、日本国家再興の(救国の)役割を担うべく登場した鳩山由紀夫と小沢一郎両名が率いた民主党政権、八ヶ月余にして、元首相麻生太郎に代表される藤原一族の末裔が放った政治的テロルの実弾が二人に当たり、最前線での指揮差配から離脱を余儀なくされたのが鳩山由紀夫、左すれば、政治的戦争の最前線で指揮権を揮う一方の雄、即ち、幹事長の小沢一郎が総合的指揮権を担うか、若しくは、指揮官小沢一郎の下に、代執行官を最前線に配置すべきかは、戦争陣形に於ける唯一の選択肢であり条理、況してや、指揮官小沢一郎にも命中したテロルの軽傷を以って、司令塔から外れて引退せよ等の物言いは、厚顔と云うよりも、旧権力者群の術中に陥るだけのもの、憐れとしか言い様もない指摘である。
あの日本を駄目にした藤原一族の末裔、所謂、政治的前衛として国権執行の座に送り出された元首相の、即ち、世が世で在れば公家として持ち上げられたであろう麻生太郎が、其の執政時に於いて、秦系の傀儡子漆間巌官房副長官に指示、当時の民主党党首でもあった小沢一郎の身辺調査を命じた中で、政治資金収支報告台帳等を含む、分厚い個人資料(政治家小沢一郎等の)の再調査を為さしめ、灰色として持ち出し採り上げたものが、件の政治資金規正法に纏わる収支報告台帳への未記載問題であり、また、不動産売買に不正が絡むのではないかとの深読み邪推さえした西松献金問題の浮上が其れ、誣告の作為を以って為す、所謂、告訴とマスメディアを利して轟々と騒ぎ立てる悪者小沢一郎のイメージ作りは大成功、民主党党首の座から引き摺り下ろす事に成功はしたものの、昨秋に於ける、麻生太郎の手で為した衆院解散総選挙では、我ら道々の民が選びし鳩山由紀夫/小沢一郎両氏率いる民主党に、麻生太郎率いる第三帝国官僚政府の前衛、即ち、挙手起立要員のみを集めた自民党は、我ら道々の民から拒絶され、大惨敗を食らった事は記憶に新しいところである。
「政治と金」、「普天間移設問題」双方の責任をとって総理大臣職を辞し、党首の座を降りた鳩山由紀夫だが、敢えて言えば、旧権力者側、即ち、あの日本を駄目にした藤原一族の末裔が差配する第三帝国官僚政府、並びに、政治的前衛を担う自民党等に因って、「政治と金」の汚い問題としてまんまと罠に嵌められた格好の両名だが、内容はもちろんの事、金に関わる政治的性格は全く異なるもの、仮に、小沢、鳩山何れの案件が、道義的にもより重い問題かと云えば、同じ不関知の案件では在っても、事実としての受け取りを認めた鳩山由紀夫の方であって、西松建設からの闇献金の受け取りはきっぱりと否定し、或いは、政治資金収支報告台帳への記載義務は怠ったものの、四億円の出所等を須らく明確にした小沢一郎の方では全くないのである。勿論、双方ともに検察庁の捜索と調査に因って<無実=白>の確証を得たのだが、鳩山由紀夫の場合は、五億円前後の修正申告を以って、即ち、母親から贈られし其れは生前贈与、若しくは、違法性を認識し得ない寄付であったと認めて、延滞税や重加算税の賦課無しに納税を為したと云う事実が在る一方で、小沢一郎の場合は、裏献金の受け取りも違法性も須らく否定、取調べに当たった検察庁もまた、二度にも亘り、関与無し、嫌疑不十分として認めた其の相違にこそ大きな差が観て取れるもの、道々の民も去る事ながら、天皇陛下の認証を得て名実ともに九十四代目の内閣総理大臣職に就く菅直人は、努々、勘違いしてはならないのである。
小沢一郎は、当時の停滞した侭の惰性の政治、所謂、条理在る国政を顧みず、全くの私利私欲に重きを置き始めた竹下/金丸両名率いる自民党の、国権濫用為政に国家存亡の危機感を抱き、且つ、辟易すらし、政治理念を同じくするものを募って自民党を飛び出し、国家国民の為の国政を条理在る其の手に取り戻そうとした政治家、勿論、小沢一郎をして聖人君子とまで断定する積もりは毛頭無いが、私利私欲を核として動き、打算を以って物事を決する様な、即ち、政官財並びに学界に、隠然とした影響力を行使するあの日本を駄目にした、千三百年以上にも亘って国権を統御する藤原一族の末裔や、風見鶏と称され、須らくの疑獄事件から逃げ遂せて善人ぶる、あの中曽根康弘等とは明らかに異なる小沢一郎は稀代の政治家、今まさに、政治的若さが見え隠れするとでも云うべき集団的未完成さこそ残しはするものの、政権政党として押し上げられた民主党を、其の残りし政治的情熱と叡智、並びに、政治的行動力を以って主導、牽引して来たのが誰在ろう、此の小沢一郎なのである。
菅直人に対して言いたい事は、小沢一郎への恩を忘れるべきではなかろうと云う事では全くなく、一昨年秋口あたりから顕著になった、所謂、小沢一郎に対する旧権力者側からの作為的誣告を以ってする貶め工作、或いは、マスメディアを介して為し続ける追い落としのプロパガンダの流布にも拘わらず、昨夏の衆院選では日本史上初とも言える日本の民族力で、政権を奪取した民主党である事を忘れてはならずのもの、況してや、今なお続いている其れは民主党政権の追い落としでもある事を忘れてはならないと言う事である。
菅直人は、小沢一郎と云う稀代の政治家を名前もろ共に外し、在ろう事か無視することで、良質性を求める我ら道々の民に媚を売り、目前に迫った参議院の改選選挙戦に勝利しようとするのだろうが、其れは、大衆迎合とでも云うべき錯覚下の稚拙なる判断と愚行、斯かる小手先で為す支持回復策は、即ち、真実を押し隠すだけだけでしかない大衆迎合主義への傾倒など一切求めず、良質性をこそ求める我ら日本民族にとっても「臭いものに蓋」なる手法は決して望まぬところ、即ち、一時的支持の回復は見られるのであろうが、政策そのものに拠って決定されるのが条理、内容次第で合意される事もあれば拒否すらされるのである。即ち、菅直人が為すべきは、「臭いものに蓋」ではなく、検察庁に拠って、其れも二度にも亘り「無実=白」の公証を得た小沢一郎の、貶められし大衆への洗脳を条理を以って雪ぐこと、即ち、冤罪の支援などではなく、社会正義を実現する原状復帰が望まれるもの、また、同時並行的に為す、政治家小沢一郎の叡智と主導力を借りる事には在るのである。
普天間移設問題に絡み、菅直人は、日米合意を尊重して辺野古崎移設を継承すると公言したが、良質性を求める日本民族が国家理念として抱くべき自主自決と独立自尊に基づく、所謂、沖縄県の米軍からの全面解放と、日本国領土からの米軍の全面的撤退は、其の公言を以って大幅に後退する事となるもの、即ち、鳩山由紀夫の深謀遠慮を以ってする駐留無き日米安保へ向けた、国防提言の投げ掛けや、はたまた、極東乃至アジアの安全保障の遂行は、米国の第七艦隊の存在だけで十分であると、此れまた、日本列島からの米国軍の総撤退をも公言している小沢一郎前幹事長からも大幅に後退しているのである。即ち、菅直人には沖縄問題を解決する準備も材料も、基より、理念も指針も無いと云うことである。
(転載終わり)
麻生にせよ菅にせよ、末裔というのは世間知らず、脳タリンが多いのは確かである。