おはようございます。
真本です。
「他人の目」って気になりますか?
他人の目がやや気になる私
他人の目なのんそのー!な私
と問いかけながらも、それはズバリ私のことであり
私は、それはそれはもう、気になりまくってました。
独身の頃はそれでも、自分を「演じ?」ることができていたけど
子供を授かり、地獄の日々が始まったよね。
人の目なんて気にしない純粋無垢な娘vs人の目が気になる私
外で怒れない、家で怒る。
外では怒られない→だから外では好き放題しよう!
→人の目が気になって怒れない母
の悪循環。
その時気にしてたのは、
自分の中での普通のお母さん像に見られないと変に思われちゃう!
その自分の中のお母さん像は、本や周りのお母さん方の子育て論、正しさ
そういうのから形成されていき、
「こうでなくちゃ」のすんごいやつができてた。
でもね、これって誰の目なん?って結局答えられないんだよね。
自分が寄せ集めてきた一般的な目!?
*
私がSNSでお仕事をしたいと思った時。
この頃は結構人の目を気にしなくても大丈夫な私になっていた。
それでも、不器用ながら書いたブログを、私の知らない不特定多数に開示する。
夫には、職場の方から、読み上げられ恥ずかしい思いをしたと言われ、
同時に同じように思っている人がたくさん居るんじゃないかって怖くなって
発信できなくなることもあった。
特にSNSでの発信を始めて目に見えてわかったのは
他人の目って一体何個あるんよ!
ってこと。
どんな人でも 自分のことを好きな人もいるし、嫌いな人もいるし、どっちでもない人もいる。
その中で、自分に都合の悪い(いい)声をかき集め自分で作ったのが一般的な価値観での他人の目だった。
まさに私が気にしていた目はこれ。
私が気にしていた 他人の目って、自分の想像の中で作られたものだったんだ!
そう思ったら、気にしても仕方ないよね。
それでも大切にしたい、お付き合いしたい人には
その想像の「他人の目」に不安になるより、本人に直接聞くなり、すればいいし。
そもそも偽った自分で好かれても、常に不安を抱えながら居ることで苦しい人もいると思う。
今まで、自己肯定感が低いから、本人に確認もできない、いつも不安になりながら他人の目が気になると思ってたの。
確かに、それもある。
けれど、「自分を生きる」と決めるだけ。
1つ自分の人生を大切にするごとに、自己受容力が高まり、それにより自己承認力が高まり、自己肯定感が高まる。
他人の目が気になり、苦しい人は
「自分を生きる」
と覚悟をもって決めて見よう!
メンタルコーチ 真本由佳
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