悔しさの落とし前
「悔しさ」というのは、なかなかいい動機づけになると
個人的には思っていて。
今までの自分を振り返ると、大きな変化やら
ステップアップやらの背後には、必ず悔しさがあった
気がする。
のほほんと幸せに過ごしていると、
たぶんワタシは成長できないタイプなのだな。
その悔しさも、ちょっとやそっとの悔しさでは
「あーあ」で終わってしまうナマケモノなのだが、
とてつもなく大きな、奥歯が削れてしまうほどの
強烈な悔しさによってしか変われないのが
自分でもいかがなものかと思うほどで。
ゴールデングローブ賞もアカデミー賞も
何部門かずつ受賞した映画、「ラ・ラ・ランド」を観た。
賛否両論あるのもうなづける映画で、
ラストは「おや、まあ、そうきたか」だったんだけど、
泣いて笑って歌って踊ってだけの映画じゃなく、
「悔しさの落とし前」みたいなものも
根底に流れているストーリーだった。
そこは、ワタシにはとても深く刺さった。
悔しい思いをした人が皆報われるわけではない。
でも、その「悔しさ」をどう受け止め、どう料理し、
どう腹に収め、どう血肉にしていくかが
割と人生の分かれ目になるような
そんな確信をひそかに持っている。