「どうして手話を始めたの?」とよく聞かれます。
実家の最寄り駅から2つ先の駅にろう学校がありました。
小さいころから電車に乗ると通学途中の生徒が手話で会話をしていました。
それを見ていて興味はあったのですが、一番の決定打は、この本を読んだことです。
ひなげしの肖像 (1977年) (集英社文庫―コバルトシリーズ)/清川 妙
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中学の時に毎月「小説ジュニア」を購読していました。
その中にあったのです。
のちにコバルトシリーズで文庫化されました。
多感な時期に強烈なインパクトを受けました。
最近知ったのですが、著者の清川さんの息子さんは、聴覚障害者だそうです。
本当に感動して、お手紙を書いたら次の年に年賀状が届きました。
(今では考えられないけれど昔は本に作家さんの住所が載っていたのです。文通少女だった私は、好きな作家さんにお手紙を書きましたが、年賀状を頂いたのは、清川さんと吉田としさんだけです)
高校生になったら手話を習おうと心に決めていましたが、どうしたらいいのかわかりません。
当時、作家の森村桂さんも大好きで、森村さんに習って私もお手紙を書くことにしました。
(森村さんは、お父さんから聞いた天国に一番近い島に行きたくて、船会社にお手紙をかいたのです)
電話帳で住所を調べて、ろう学校に手紙を出しました。
すると先生からお返事を頂き、直々教えて下さるとのこと!
お互いの都合を合わせて日時を決めたのですが、直前でキャンセルの電話が…
先生なりにいろいろ考えてのことでしょうが、
「地域のサークルで習われては…」とのことでした。
で、市報で、聴覚障害者対象の講座で、健聴者の参加可の講座を見つけて参加しました。
高校1年の秋のことです。
それは、情報が少ないろう者に今のニュースを解かりやすく解説したり、街歩きをしたりする講座でした。
参加している健聴者は、みんな手話ができる人でできないのは私だけでした。
でも親切な方が簡単な手話や指文字を教えてくれて、出来たばかりの地域のサークルも教えて下さいました。
それから週1回、学校が終わって夜、電車で1時間かけてサークルに通いました。
大学は、社会福祉学科に行くと決め、進学しました。
そこでは、同じ学年に聞こえない友達が3人いて日常的に手話を使う毎日。
大学の手話サークルにも入って、手話三昧。
友達に頼まれて、授業や卒論の口述試問の通訳もしました。
そして、就職も福祉関係だったので、手話通訳が必要な時は私が担当していました。
採用試験で障害者枠の試験の時にろうの方が試験を受けられたので、通訳をした経験があります。
職員の有志に手話講習会をしていたこともあります。
こう書くとめちゃくちゃ手話ができた人のようですね。
確かに当時は、できていたと思いますが、結婚を機に仕事を辞めて、東京に来て、手話とは無縁の生活を20年近く過ごしている間に忘れてしまいました。
自分ではできるつもりで、履歴書には特技に「手話通訳」なんて書いていましたが、穴があったら入りたい気持ちです。
外国語と同じで、使わないと忘れてしまいます。
ずっともう一度、手話をやりたいという気持ちは持っていたのですが、なかなかタイミングが合わず、ようやく3年前に区報で手話講習会の受講者の募集をみつけて、応募しました。
一応、今までの経歴を書いたら「編入試験を受けませんか?」と電話を頂きました。
私は、初級の講座の申し込みをしたのですが、試験を受けて途中から上のクラスに入ることもできるそうです。
「中級、上級どちらになさいますか?」と聞かれて、「中級で」と答えました。
編入試験は、ろうの方々3人の前に座って、質問に答えるというもの。
関西で、手話をやっていた私は、まず地名が読み取れません。
何回もやって頂いてようやくわかりました。
結果は、その場ですぐわかり、合格。
実は、初級の講座定員30名の所、31人の応募があり、私が、外れていて、もし編入試験に落ちたら初級のクラスにも入れなかったそうです
なんと私は崖っぷちだったのですね。
そういうことで、2年前から手話を再開しました。
とっさに出てくるのは関西手話の単語表現で、それを一旦頭でこちらの表現に変えるのに苦労しました。
あと話しながら手話をすると関西弁になってしまうのです。
こちらでは標準語で話をしていて、関西出身というと「全然関西弁じゃないね」と言われている私なのですが、手話を使っていた頃の事を身体が覚えているのでしょうか?不思議です。
中級、上級と2年間受講して、次は区の登録手話通訳者の養成クラスになります。
今までは、出席日数さえあれば進級出来ましたが、今度は試験があります。おかげさまで、合格できました。
そして、東京都の養成講座の試験も受けることに!
こちらは、事前に対策講座がある位、難しいのです。
カフェが終わってから夜の講座に遅刻しながらも駆けつけました。
そして、合格通知が届きました。努力して、結果を出すということを久々に経験したように思います。
まだまだこれからですが、通訳者になれるようにがんばりたいと思います。