人が求めるものは、幸せという目に見えないものを、形にして手に入れようとする行為である。だとすれば所有価値より利用価値を優先する思考が強くなってくる。

多くの人が幸せは金銭と物質的豊かさだと信じている。

でも人間の幸せは金銭的豊かさではなく、物質的に恵まれることでもなく心の充実にある。

幸せという目に見えないものの正体を目に見える形ではなく精神的に共有できるかどうかにかかってくる。

人間は意識の一部を感情として外に表出するが、その時それを見た人間は自分と同じようなこころが他者にもあるのだと認識する。それは自分が他者ではなく確かに自分であるのだという確かな感覚として心が充足される。

自分は自分であると強く感じる時とは、スマホやゲームに熱中しているとき、スポーツで汗を流しているとき、自分だけの世界を見ていると思えるときではないだろうか。

皆それぞれの世界で生きている。しかし同じ世界に生きている者同士、ヒロインやモブであっても、その世界がどんなふうに見えているかは一人ひとり違うのではないか、そして自分が見ている世界にそれなりの価値と自信を持ちえたとき、人は自分を自分と感じて行動を起こすことができる。だからより人生という物語を楽しむことができる。

人間は他者とは違う自分独自の見方を持ちえたとき、はじめてこの世界に自分の存在価値を見出すことができる、他者とは違う自分だからこそ、他者のために自分の力を使うことができると確信できるのだ、それが自分の心を充実させる。

人間はこの世にたった一人で生きているわけではない。他者との関係や縁がすべてだと気づいたからこそ悩みもあり喜びもある、そうした素直な気持ちを取り戻すことができるのは何故かというと、それは人間が自然という物語の一部だからこそである。

 

わんわん ことまろ 足あと

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