京都御所を後にして、今度は奈良に向かいます。こんな時ツアーは楽ですわ。京都御所で歩き疲れて
車内でチョッとウトウトしていたら、奈良に到着。近くにパーキングし国立博物館へ徒歩で数分でした。
ここもすごい人出でした。この『正倉院展』は今年で64回を重ね、正倉院に保存されている宝物が
64個展示されています。この博物館に入口では、写真の様に、団体と個人の入口があって、うまく
統制されています。団体と個人を数十名ずつ、順番に入館させるので、30分ほど待ちますが、
粛々と並んでの入館です。
正倉院には器、玉類のガラスの製品が
伝わっています。ワイングラスの様な器形と
輪形の装飾が印象的な『瑠璃坏』は
シルクロードの交流を伝える宝物と言えます。
大きい物ではありませんが、清楚で透明感の
ある物で、目を見張ります。奈良時代に
こんなに優れた綺麗なガラス製品が出来て
いたとは驚きです。大きい陶器の壺も
見ごとな物がありました。
こんな器で何を飲んでいたのでしょうかねぇ?
正倉院にはガラス製品が多いのですが
このビー玉の様な物もその一つで、
『雑色瑠璃』、『碧瑠璃』等とと呼ばれる
飾り玉です。細かい物ですが何かの
遊びに使ったのでしょうか。
四角いのは『小尺』と呼ばれ、ガラスや
犀の角で作られた物で、長さを計測する
定規として使われ、これを腰にぶら下げて
装飾品としていたとの事でした。
『螺鈿紫檀琵琶(らでんしたんのびわ)』
歴史か美術の教科書で見た様な琵琶です。貝を薄くスライスしたものを模様として
表裏に貼り付けてあり、光のあたり様で
輝く様は見事としか言い様がありません。
奈良時代のどんな人がひいていたの
でしょうかねぇ。
この隣にはこれを弾くバチがありました。
小さい物ですが真紅に近い色の物でした。
何かの牙を加工した物の様でした。
このお膳の様な物・・実は双六なのです。
『木画紫檀双六局』と呼ばれる双六
遊びの台です。聖武天皇のご遺愛品だ
そうです。木製の台にはコマを動かす、図面が書かれていました。この台を入れる
立派なケースも展示されていました。この
双六に使うサイコロも展示されており、その目の数は、現在と同じ上下合わせて7です。又、サイコロを入れて振る筒状の物もありました。サイコロを振るスタイルは今も奈良時代も変わらない様ですね。面白いですね。
又、この遊びにうつつを抜かす人が出て、やがて禁止令が出たとか・・古今を問わず博打で
身を持ち壊す人がいるのですねぇ。ガラス細工のサイコロのコマもありましたよ。
『花鳥背円鏡(かちょうはいのえんきょう)』・・・どこか教科書で見た様な鏡です。
表面に掘られた文様が素晴らしい物です。
この鏡を収める箱と共に展示されて
いました。
他、興味をそそる展示物が数多く展示
されており、何れも聖武天皇、光明皇后
ゆかりの品々です。この奈良を中心にして
作られたもの、遠く、シルクロードを通って
持って来られた物等、目を見張るものが
ありました。
これらの品々とは別に、多くの古文書、
経典が展示されていました。中でも興味のあったのは、日本最古の『戸籍』が展示されていました。時代から見ると『大宝律令』が制定される以前の物という事ですが、約50世帯を一つの単位として、所帯主とその家族構成、続柄、出生地、生年月日、等など、現在の戸籍の原型を留めていました。又、多くの経典、又はそれを写経した物等などが展示されていました。今から1300年余り前の、奈良時代に、現在と同じ感じが使われていた事に、妙に感心して
しまいました。何れも分かり易い、楷書体で書かれた漢字でした。
『正倉院展』を後にして、チョッと近くをブラリ。17時少し前でしたが、東大寺付近は観光客で一杯でした。時節柄、中国語を使う観光客はあまり見かけませんでした。
朝早く、豊橋を出ての日帰り旅行の工程を消化して、帰路に着きます。奈良を抜けて、西~東名阪~
伊勢湾岸~東名と順調に進み、帰宅したのは21時頃でした。移動距離が長く疲れましたぁ・・。







