ノルブリンカのすぐ近く、歩いて行ける所に『チベット博物館』があります。
すごく強い日差しで、顔がピリピリします。広々とした敷地には、立派な建物があり、入り口には
中国の文化大革命で活躍した兵士たちのモニュメントが飾ってあります。
 

 

中には、チベットに伝わってきた宝物(?)が展示されて
います。特に、タンカ(仏画)は目を見張るものがあり
ます。描かれた物、刺しゅうされた物、織り込まれた物
等一杯ありました。チベットの楽器、仏像、法器、工芸品等が展示されています。
 
これは純金製と思われる器の一つで、幾つか展示されており、フラッシュを使わなければ撮影がOKと言うのも、
チョッと違和感がありました。
 
別のブースでは、中国が此処に進攻して来てからの変化が、写真やグラフなどで展示されています。鉄道が通り、学校や病院が出来て、人々の暮らしが良くなったと、
PRされています。この博物館の存在価値はどうやら
此処にあるみたいで、チョッと複雑な気持でした。
博物館に隣接して、中国軍の出先機関か、入り口では
制服の兵士が直立不動で、警備していました。
 
どこまでも青い、青空のもとで、暫くぼんやりしました。
 
 
 
 
チベットでのお寺巡りのラストシーンは『セラ寺(色拉寺)』です。
 
ガンデン寺・デプン寺と並ぶラサでの三大寺院の一つです。1419年チベット仏教のゲルク派の
創始者ツォンカパとその門弟により建立された物です。今も多くの僧が厳しい修行と、勉強に
勤しんでいると言う事です。日本の『河口慧海』 『多田等観』の2人が滞在し、修業した事で
知られています。お寺の内部は、他のお寺とよく似た物で、『時計回り』に拝んで行きます。
 
境内の参道はチョッと日本と似た、ほっとする雰囲気の道筋でした。
 

 

此処にも『ワニ車』があって、信者さん達は
クルクルと回しながら、拝んで行きます。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ポットに入っているのは、油です。仏前の蝋燭に
燃料として備えて歩きます。隣の白、黄色の布を
手にして、頭の上で頂く様なしぐさをして、仏様を祈ります。日本で言う数珠の様なものでしょうか?
日本のお寺で言う、ご本堂と言う建物でしょうか。暗くって狭い内部を拝み、見物します。
 

 
セラ寺では、午後3時半から『問答』が始まります。この様に、お寺の広場に集まった、同じレベルの
若い僧たちが、お互いを相手に『問答』をし掛けるのです。何を言っているのかさっぱり分かりません。
立っている人が質問し、座っている人が答えると言う事を、立場をかえ、相手を替え繰り返します。
仏教の事、政治の事、医学の事・・等々の質問を相手にぶつけるのです。大きいしぐさで、手を叩き
答えを求めます。結構迫力があって面白い光景ですよ。
 

 
此処では、この時間以外は修行僧同士が接する事、話し合う事等禁じられる厳しい修行中です。
こんな中、大きいしぐさで大声を出す事は、彼らにとって大変楽しみな事らしいです。
 

 
チベットでは人が死ぬと『鳥葬』と言って、その遺体を『鳥』に食べて貰うと言う風習が今もあります。
写真のセラ寺の裏山は、その『鳥葬』の山と言う事でした。人が亡くなると数日家でお経をあげ、
供養した後、専門の業者の手で、この山の高い所の運ばれ、鳥に食べて貰うそうで、チベットの
家々にはお墓はありません。この山の上の方で『鳥葬』が・・・と思うと、ぞっとしました。
尚、寿命を全うしない、子供や自殺者は『水葬』として、魚に食べて貰うそうでした。
 

以上で、ラサ市内の観光を全て終わり、早めに夕食後、早めにホテルに戻ります。
明日は午前中、ラサ郊外のドライブをして、夕方には『成都』にむかい、帰路に着きます。
 

何か記念になる物は無いかな?
自分へのお土産に・・・手ごろな物を見つけ
ました。ホテルの売店にあった壁掛けです。
一緒に見ていた同行の奥さんも欲しい
との事で、2つ纏めて買うと言う事で、
値切って貰い買いました。我家の壁を飾っています。左右の人形は空港で買った、孫への
お土産です。これで手許の自民元は、今夜も
ビール代を残して綺麗に使ってしまいました。
 
下にあるのは『ワニ車』のミニチュアです。
 
3日間連泊したホテルも、今夜で引き揚げるので、パッキングのやり直し、忘れ物の確認を
して早めに、ベッドに入りました。