昨日は深夜にナスカから戻り、今日はクスコに移動です。朝6時にはリマ空港からフライトです。
2時半起床、3時半出発と言う強行軍です。サンドイッチを貰って、早速空港に向けて出発です。
  


 
 クスコには1時間余りで着きます。熱いコーヒーを
頂きホッとしたら、写真のような整然としたクスコの
街が見えてきました。さすがインカの都だった事で
綺麗な街で、期待が募ります。此処は標高が高く
いきなり3340mの高地となります。高地に順応
するまでは、大声を出さず、走らず、静かな行動が
必要です。さぁ・・今日も元気で旅をしよう。
 
 
 クスコの町の全体が世界遺産です。街の中央にはお馴染みのアルマス広場があり、中央に噴水が、
周囲には大聖堂があるお馴染みの風景です。小高い丘の上まで綺麗な街並が続くのが印象的です。
スペイン軍が此処に押し入り、占拠したとき同じ様に、アルマス(中央)広場を作ったのですね。
観光客はもとより、地元の人々も明るい日差しを受けてのんびり歩いていました。
 


 
 
 
インカ文明と言うと、石組が有名です。このクスコの町のも当時の石組が多く残っています。 
剃刀のはも通さないと言われるほど、精巧に積み上げられています。有名な12の角を持った石も
見てきました。良く見ると石と石にやや緩やかな凹凸のラインが見えますね。これはこの凹凸の
組合せで耐震構造にしているとの事でした。と・・民族衣装を身に着け、ヤギのような動物を連れた
少女が現れ、『シャシン・・シャシン・・』と迫るのです。カメラの前に立ちモデル料を請求するのです。
その金額は1ソル(約30円)ですが、大人の時給が1US$と言われているのでちょっと高額ですね。
街角の日当たりの良いカメラポイントに陣取り、カメラ目線で私たちを誘います。でも、小さな子供が・・と思うと可哀想で、カメラを向けられませんでした。 
 


 
 これは『太陽の神殿』と呼ばれる、インカ時代の神殿を含むカトリックの教会です。スペイン軍は
インカの神殿を壊し、金などの財宝は本国に持ち帰ったようです。この回廊の中に『太陽の神殿』
『月の神殿』等の神殿跡が残っています。三つの部屋を貫通する窓がありますが、この窓が遠近法で
だんだん小さい窓に見える手法には、当時の計算力の高さが伺えます。『雷神』を敬い、雨を呼び、
水の恵を得ていたようで、雨上がりの『虹』がインカの旗、クスコ市の旗になっているようです。
 


 
 外壁に石組みの角ですが、見事な曲線美を表していますね。チョッと触れてみたいような曲線美です。
どうやって作ったのでしょう。教会全体を少し離れて写してみました。この街はもっとゆっくり、
のんびりと歩いて見たい街です。時代劇に出てきそうな街ですが、先を急ぎましょう。
 


 
 クスコの市街地から更にバスで登ります。『サクサイワマン』と言う遺跡です。スペイン軍とインカ軍が
戦った要塞の跡地です。此処にもインカの神殿があったのですが、スペイン軍に壊されたようです。
大きい石で作られており、3万人規模の人々が述べ80年掛かって作ったと言われています。
シャシン右は中でもでっかい石で、200tを越す物で、こんな物を30Kmもはなれた所から、良くも
運んだ物です。同行のおねぇさんに立って貰ったので、大きさを実感してください。 
 


 
 ドデッカイ石ですね。おねぇさんが小さく見えます。
この遺跡全体が公園のようになっており、子供達が
楽しく遊んでいましたが、3500mを超える高地で
息はハァ、ハァするので、走らずゆっくりと順応を
待ちました。中には気分が悪くなる同行の
オッちゃんもでましたが、辛抱しかないようです。
 
 
 
 更に、高度を上げます。先程後にした、『クスコ』の市街地が綺麗に見えます。
何とかワイドな写真をと・・丁寧に狙って、2枚の写真をパノラマに加工してみました。 
 

 
『タンボマチャイ』と言う遺跡です。既に富士山の頂上位の高さです。道端の土産物屋のオッサンの
しつこい事。私の間に立ち、絨毯を広げ『トモダチ・・15$、15$』と煩い。無視してやると次は
『10$・・10$』、私の行く手を遮り『トモダチ・・5$、5$』と煩い。『何がトモダチか・・』と完全に
無視をしたら、諦めて他の客に、迫っていました。変に声を掛けたり、触れたりしないのがコツですね。
 

 
 
この標識から更に少し登ります。タンボと言うのは『宿泊施設』と言う意味とか・・。そういえば幾つかの部屋跡や、建物の跡があります。写真左の遺跡からは『水』がコンコンと沸いています。宿場に水は
不可欠ですよね。こんな山奥で・・そこはインカの智恵で『世界最古のサイフォン』と呼ばれる
揚水設備が作られ、今も水が湧き出ています。先人の智恵ですね。右の山肌に『インカ道』と呼ばれる
当時の道が残っており、マチュピチュに通じるようです。 
 


 
 少し下り始め、身体も楽になるようです。(私はお陰で変化なし・・)『インカの聖なる谷』と呼ばれる
一帯で、突然狭い街に入り、バスの離合も大変です。『ピサックの市場』です。此処に、写真のような
民芸品を売るお店がひしめき合っているのです。これだけお店があって、商売になるのかしら・・
といらぬ心配をします。しばし同行のおばちゃんたちは、お土産の物色に没頭しています。
この国には『値札』がありません。彼らは客を見て値段をつけますが、先ずは半分くらいに値切り、
そこから交渉です。値段が下がらない時は、数や、商品を増やし、トータルで下げさせ、満足した所で手を打ちます。勿論品質は保証されず隣の店では更に安い・・と言う事もしばしばです。
マァ、適当に値切り、交渉を楽しみ、お金を使いペルーの経済発展に少しでも寄与してあげましょう。
私は、街角の喫茶店でのんびりしていました。 
 

 
『ウルバンバ』と言う街に降りてきました。標高は更に下がり、2750mです。
本当に何も無い街道筋の町のレストランで、遅めの昼食で、此処ではバイキングでした。
高所を過ぎたので、昼間からビールを楽しみました。おいしかったぁ・・・。
此処ではミネラルウオーターとビールは良く似た値段でした。ビールを飲もうっと。
このお店で、『アルパカ』のセーターなど本物を売っており、セーターで1万円弱・・日本では
2~3万円するとか・・。記念に買う人も追いました。 
 


 
此処から今夜のホテルは直ぐでした。久し振りの早めのチェックインでのんびりでした。逆に退屈で
チョッとホテルを出てみましたが、埃っぽい街道沿いでこれと言って何もありません。
写真左が今夜のホテル(宿屋?)です。小さい三輪タクシーがホテル前で、客待ちしていました。 
 


 
ホテルの前には地元の人が使う、小さいお店が一軒。食料品、日常雑貨を扱っていました。
もう慣れたもので『アグア、シンガス』と、炭酸の入らない水を2本仕入れ(60円/本)、
お店のオバサンとお客のおねぇさんに断わって、一枚パチリ。言葉・・?カメラを見せて
OK?と聞けば、それで充分通じますよ。粗末な家々が並びます。生活厳しそう・・・。
                               


  
今夜の夕食は『かぼちゃのスープ & 何タラ・・(忘れた)』スープは美味だったけど・・イマイチ。
フロント前で、しばしパソコン遊び・・。旨くメールが繋がらない。この国のキーボードには@が無い。
試しに順番にキーを押しても、『@』は出てこない。これではメルアドが打てないヨォ。そこでフロントの
おねぇさんにヘルプ。『Alt』を押しつつ、『6』、『4』と順に押す事を教わり、メルアドも打てて
目出度し、目出度し・・・でした。 
 


 
 明日は期待のマチュピチュ。天気の良い事を祈って早めのベッドイン。でも早朝に目が覚めるだろう
ナァ。時差の問題か? それとも従来からの習性(早い話が加齢現象?)か・・。 
マァ良いか、身体を休ませておこう。