あなたのダイエットが成功しますように…
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はじめての方は
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の記事も合わせてどうぞ!
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こんにちは。
ご訪問ありがとうございます 。
ちょうど8年前の今日、
私は10年勤めた会社に退職を申し出ました。
37歳でした。
今日の記事は、
アラフォーで脱サラ
&
まったくの異業種で
を書いていきたいと思います。
「こんな話興味あるかな?」
とも思ったのですが、
最近お客様やママ友と
「第二の人生」の話がよく上がり、
どうして起業したんですか?
と聞かれることが増えまして
せっかくなら記事にしたいなと思いました。
お暇な方はどうぞお付き合いください。
過去の職種がバラバラの私
脱サラ話の前に、私の職歴の話を少しだけ。
振り返ると私の職歴はバラバラ過ぎて、
こんな感じで何ひとつ統一していません![]()
鉄道会社の事務職
ツアーコーディネーター(海外)
旅行会社の営業職
グラフィックデザイナー
建設会社の事務職
パーソナルトレーナー
だから
「これに特化してます!」
「これなら自信あります!」
「この知識は豊富です!」
みたいなのが無いし、
違う目で見ると
「私って飽きっぽいのかな?」
と心配になったこともありました。
だけど、人生不思議なもので、
ってことがあるんですよね。
過去の経験は今の人生に思ってもみない形で役に立ちました。
それは仕事以外でも。
たとえば、
旅行業での経験は、
息子の試合の遠征で切符や宿を手配するのに役立ちました。
大勢の子どもを引率することが多かったのですが、ツアーコーディネーターの経験が長かったので大人数をまとめることも得意でした。
あとは旅先でのトラブルにも動じない知識や精神もありましたね。
旅行業の営業職をやりながら突然デザインの専門学校に通い始めて、卒業と同時にデザイン会社に転職したのですが、その時習ったWEBの知識、サイトの作り方、チラシや広告の作り方、などは開業したときに役に立ちました。
ホームページや名刺、店内に貼る広告物などは外注することなく、全部自分で作れたので
「おお!こんなところで役に立ったか!」
と思いました(笑)
あとは地味と思われがちな事務職も、マルチタスクをこなす力がついたし、やっぱりワードやエクセルを使いこなせるのは、ひとりで全てをやらなくてはいけない個人事業主からすると使えて便利だったとつくづく思います。
だから、決して専門職を長く続けてきたわけじゃなくても、
なんだかんだ自分の人生に使えてラッキー
ってことが多かったので、
「私って飽きっぽいのかも」
と心配したことも
一応全部役には立ったわけなのです。
脱サラをチラつかせたきっかけは友人の衝撃の言葉
27歳から37歳まで10年働いた会社は、
めちゃめちゃホワイト企業でした。
残業ゼロ、有休は全部取れる、
仕事のストレスなし、家から近い
子どもの急な発熱でもすぐ早退OK
保育園児を抱える身としては理想的な職場で、
「もうこれ以上の職場はない」
と本気でそう思っていましたし
周りにも自慢していました。
ある日旧友に会った時もこの話をしていたのですが、
その時この友達から
もっと求めても
いいんじゃない?
って言われたんですね。
「“これ以上の職場はない”って限界を決めなくていいんじゃない?もっといい会社や働き方があるかもしれないのに」
って。
この言葉は頭をガーンと殴られたような
そんな衝撃がありました。
だって、この時は自分的にMAXの職場だと思っていたから。
「そんな、今更探すの難しいよ。
アラフォーで子どもも小さいのに
」
ってモゴモゴしながら返答しましたが
友達の言葉はその後もずっとずっと頭の中に残っていました。
37歳で脱サラを決意できた理由
私はノート魔なので、
ノートに色々自分の願望や頭の中のことを書き出して整理する習慣があるのですが、
息子を産んだ後にノートに
「息子が小学生に上がったら働き方を変える」
と書いていたんですね。
日々の忙しさに淘汰されて、
書いたこともすっかり忘れていたんですけど
やっぱり人間の脳って不思議なもので、
頭の奥深くの隅っこで覚えていたのかもしれません。
息子の保育園卒園と同時に、
会社を辞めることを思いつきます。
この時はもうこの
「こまちのダイエット成功手帖」
のブログを書いていて
パーソナルトレーナーになるべく専門学校に行くことにしたのです。
背中を押してくれたのは、
そう、
このブログの読者様たち
なんです。
これがその時に書いた8年前の記事![]()
たくさんのコメントをいただき、
本当に励みになりました。
その節はありがとうございました![]()
私に新しい道を開いてくれたのはまぎれれもなく
・友人からの
「限界を決めるな」という言葉
・ノートに書いた自分の言葉
・読者様の後押し
この3つだったと確信しています。
背中を押した2つの言葉
無事パーソナルトレーナーの資格を取った私は
ここからの人生をまた考えることになります。
①ジムに就職するのか
②自分でジムを開業するのか
せっかく脱サラをしたので
前者の選択はあんまりなかったのですが
かといっていきなり開業もひるむ。
ひとりで開業だなんてできるだろうか?
知識もないのにやっていけるのだろうか?
この不安を解消してくれたのは
このふたつの言葉でした
心配事の8割は起こらない
想像できることは実現できる
この2つの言葉にすがった、
といっても過言ではないですね。
この言葉に後押しされて
ジムを開業することを決意しました。
もちろん不安はありましたが、
心配事の80割は起こらず、
残りの14%は準備で対処可能なんだとか。
だったらなんとかなるか!(笑)
また、人間は自分にできないことは思いつきもしないとのことなので、その未来が想像できるんだったらできるだろう、という謎の後押しもあり、開業の準備を進めました。
気持ちを固めると
不思議とそのあとは早かったです。
理想の物件がすぐ見つかり
スルスルと準備は進んでいきました。
廃業率8割の世界で7年続けられた理由
会社を辞めて8年
ジムを開業して7年
が経ちました。
個人事業主の廃業率は
1年後で38%
2年後で53%
7年後で82%
なんだそうです。
7年後は2割しか残っていないのか。
そう思うと、頑張ってるほうなのかもしれません。
ですが地味にでも続けられている背景には
通ってくださっているお客様の存在が一番大きいんです。
ジム開業初日に来てくれた記念すべきお客様が
7年間毎月通い続けてくれていたり
遠方なのに数ヵ月に一度、7年間途切れることなく通ってくれる人がいたり
お母さんと一緒に来ていた高校生のお客様が、大学卒業して、就職して、その後も自分のお給料でセッションに来てくれたり
日本全国、海外からも来てくださることに
本当に感謝しかありません。
本当にありがとうございます。
開業したときは
稼いでやる!
ってギラギラしたこともあったんですが
すぐにこの気持ちはなくなりました
(笑)
必要な分だけでいいかなって。
それよりも時間を大切にしたかった。
ひとり息子を育てる時間と労力のほうが欲しかった。
だからいまは年に数回しか集客しませんし
数より質 をずっとずっと重視しています。
体型に悩む女性を救いたい
というコンセプトは開業初期から変わっていません。
ただ、いまはゴリゴリ筋トレを指導するということが少なくなってきて、どちらかというと自分を変えるためのマインドセットや食事指導の方が多いのですが
その人に寄り添った個別指導
はモットーとしているので
”パーソナルトレーナー”
を名乗っております(笑)
こうやって”なぜ起業したのか”について書いてみてふと思ったのですが、
もしかしたら
今の仕事も長い人生で見ると
点のひとつなのかもしれません
そう思うと・・・・
これからの私の人生、
また全然違うことが待っているのかも???![]()
数年後全然違うこまちになっているかもしれませんね(笑)
まあ、私は人生ドラクエみたいなものだと思ってるので、こんな感じでゆるゆるとレベル99まで地味にレベル上げしていきたいと思います!
長々と書いてしまいましたが
ここまで読んでくださった
全ての方にお礼申し上げます。
最後までお読みくださり
ありがとうございました。







