「僕は」だけど
正しいことより
楽しいことを
伝えてる人のほうが好き
立派なことより
楽しいことをやってる人のほうが好き
同じ立派なことをしてるひとでも
楽しそうにやってるひとが好き。
正しいことを伝えようと
戦うひとより
たとえ
間違っていても
楽しい、から発信する人は
一瞬でひとを笑顔にするから。
それは、そのひとがすでに
楽しんで、いるから。
何個を成し遂げたときだけ
認められたときだけしか
楽しくないって、なんかヤだ。
「正しい」を求めすぎると
「私も正しい」が返ってくる。
そして
勝手に
「理解されない」
「分かってもらえない」
「被害者の会」になっていく。
「好きだから」
「嫌いだから」
その理由を
「正しいから」
「正しくないから」
にすり替えるから
話はこじれる。
「わたしは、それ、イヤ」と言えばいいのに
「それ、おかしい」
「それは、いかがなものか」
「それは、困るひとがいるのでは?」
って「正しさ」を言うから
「その正しさはおかしい」が
返ってくる。
わたしは、それ、イヤ
わたしは、コレ、好き
そこに
理由なんていらない。
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