りゅうちぇるさん、ご冥福をお祈りいたします
⁡
今朝ニュースで「中傷対策に本腰」とありました。
⁡
 
なぜなら、何十年も暴力の中にいましたが、私が何より辛かったのは、殴る蹴る刺される焼かれるよりも
無視と暴言という精神的暴力だったからです。精神的苦痛は生き地獄です。
⁡
 
 
私がDVで保護となった時、警察では「怪我の診断書があるからスムーズだよ」と言われました。
その日に相手は逮捕されました。
 
その後の保護命令の申し立てでも誰が見ても暴力を受けたとわかる姿だったので何の問題もなく進みました。
相手の居場所は、警察署内だったので、居場所もわかっていましたし。
 
この時「見える怪我を残してくれてありがとう」と思えました。
 
 
 
⁡
当時、色々と調べていると、身体的暴力ではスムーズだけれど、精神的な暴力では警察も裁判所もなかなか動いてくれないことを知りました。
⁡
また、危険に変わりはないのに保護命令の延長はならずでした。
更新したいと申し立てようとすると「この半年間、何かされましたか?」と聞かれました。
 
何かされてる=殺される
 
そう感じていたからこそ、身を隠して暮らしているのに。
相手の連絡先も住んでいる場所も知らないですし、私は隠れているつもりなので、たとえ居場所を知られたとして、どこかからつけられたり、覗かれたりしていたとしても私が気付かなかったら何かされたかどうかもわからない。
 
「何もされていないのであれば、証拠がないので申し立てることはできません。もしも証拠があったとしても相手の居場所がわからなければ、申し立てはできません。」
 
そういうわけなので、保護命令はたったの6ヵ月で切れてしまう。
だから今でも被害者である私は姿を隠さなきゃいけない。
⁡
とても残念なことです。
⁡その後、モラハラでも保護命令は受理されることとなりましたが、それでも、見える暴力と見えない暴力には扱いに差があります。
⁡
⁡
小学生から中学生にかけていじめにもあいました。
⁡
わけもわからない辛くなる言葉
切り刻まれた体操服や教科書
椅子に置かれていた多量の押しピン
⁡
私がなぜいじめにあったのか、理由はわかりません。
 
(このドラマ、1話以降観ることができませんでした。)
⁡
⁡
ただ、とにかく寂しく、孤独で、とっても辛かったことを覚えてます。
ケガをしているわけではないけれど、心がものすごく痛い。
 
そこを自分でなんとかしようとして、中学卒業前に暴力で支配されてしまったのですが。
 
 
精神的につらくて孤独を感じていることは、友達がいなかったので、相談する相手もおらず。
⁡親に訴えても、学校の先生に訴えても解決にはつながらず、それどころか、怒られたり、訳もなく大丈夫大丈夫とだけ。
 
 
 
パワハラを受けたこともあります。この時もとても辛かったのですが、私は家が居場所でなく、職場だけが私の場所でした。
他部署には仲の良い同僚もいたので、話を聞いてもらうこともありました。
だからでしょうか、言い返すこともできました。
それでも精神的ダメージは多く受けていたようで、見た目にもやつれ、仕事でのミスも増えていき・・・上司より、受診と休職を言われました。
 
⁡
 
私のこれまでを周りに話すと、よく生きていたねと言われますが、自分でもよくもったなと思います。
でも、未遂は何度もあります。
 
 
だからこそ、孤独感を感じている人がいると、話を聞いてあげたくなります。
独りじゃないよと伝えたくなります。
そんな思いもあって、ボランティア活動には積極的に参加しています。
 
 
誹謗中傷
 
DVに関して、これまで何度か取材を受けたことがあります。
そして、新聞記事や雑誌記事、ネットニュースにもなりました。
自分の事なので、反応を見にいってしまいました。
 
共感や同情のメッセージが沢山ありましたが、中にはひどい言葉もたくさんありました。
 
 
大学の講義で話す場を頂いたりもしていますが、そのフィードバックにもショックを受けるような言葉が混ざっていることもあります。
 
 
 
私の子どもには、どうして誹謗中傷がダメなのかをたくさん伝えてきたつもりです。
とてもやんちゃな子たちですが、いじめだけはしない子だと思っていますし、同級生や先輩後輩でいじめに合っている子や、親とトラブルとなっている子がいると、間に入り話し相手をしたり、家に連れてきて泊めたりもしていました。
とても嬉しく思っています。
 
 
暴力の無い世の中になって欲しい。
身体的も精神的も、もちろん性的暴力も経済的暴力も社会的暴力も子どもを使った暴力も。
戦争となると出てくる言葉「収容所」「捕虜」にも、とても反応してしまいます。
 
暴力する人は、暴力することで何を得ているのでしょうか。
 
「仕返し」や「目には目を、歯には歯を」という言葉があります。
こんなことしても、何にもならない。暴力は暴力を生むだけ。
 
加害者もまた被害者という言葉もあります。
 
それもあるとは思いますが、でもやっぱり暴力には反対です。
 
 
 
それでも無くならない。これまでの長い間、ずっとなくならない。悲しいです。腹が立ちます。
りゅうちぇるさんと話したことはないですし、なぜなのか本当のところはわかりません。
でも、ニュースを見ていると多くの方からの心無い言葉に傷ついていたことを知りました。
 
とんでもない痛みを感じていたことと思います。
そして、そんな時は、信頼している人からもらう良い言葉さえも信じられなくなってしまうだろうと想像します。
 
 
 
祈り続けます。
 
今の私がすぐにできる事
それは祈ることと想いを伝える事
 
どうか穏やかに
 
 
 
もっとできることを増やせたらなと思います。