● ケッて思ってた部分が、結局大切だった
2021年2月に書いた記事の再アップです。
ふと、内省期間中に思ったこと。
スピ的な世界観で言われる「創造主」ってそれ以上でも以下でもないよな。ということ。
インストラクターをやってたとき
「つまり、創造主ってなんですか?」
と聞かれることが、一度や二度や三度じゃなかった。
じゃあなにか?って言われたら、もう「創造主」としか言いようがなくて。
便宜上そうとしか言いようがないから、そう表現してるものであり。
外部のエネルギーではなくて、自分の内側のエネルギーでしかない。
瞑想してまどろみの周波数になることで、そのエネルギーに繋がりやすくなる。
これはあくまで引き金で、エネルギーの根元みたいなものは愛とか感謝になる。
結局のところそこかーーーーー。
みたいな。
どうも愛と感謝、ワクワクのエネルギーというとフワッフワッとちに足がついてない感じがして私的にはゾワゾワしていたんですが。
一周回って
創造主とは結局のところ自分。
引き金は瞑想したときに感じるまどろみ。
エネルギーの根元は愛と感謝とワクワク。
じゃあ、創造主であるなんでも叶えられちゃう自分は、今何を叶えてるのか。
今後何を叶えていきたいのか。
それこそ、まどろみの中で見出していかないといけないって話になっていきます。
そこで出てくるのは「本当の願い事とは?」問題。
これもそんな難しい話じゃないんですけど、私たちは難しく考えるんですよねえ。
続く(かもしれない)
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