もしかしたらわたしは、
願いを叶えていたのかもしれない
と思ったココロのおはなしを書きます。
コロナで寝込んでいた2週間、
感情もえらいことになっていました。
もがき苦しんでいたときは、もちろん
ココロのことに向き合う余裕なんてゼロ。
とにかく目の前のしんどさしかなくて
まさに"イマココ"の状態。
「なんでコロナになんて罹ってしまったんだ…」と過去を嘆くこともなければ
「元気になった自分を想像しよう
」なんて、お花畑になることもない。
「苦しい!助けて!」は何万回思ったかわかりません。
甘え下手で、ひとりで我慢することにかけては
ベテランを自負するわたくしとしましては
まず考えたのは「ひとりでいられて、誰にも移す心配がない」という安堵だったけれど
悪化していくなかで湧いてくるのは「ヤバイ。ここで倒れても誰にも気づかれない!」という恐怖。
コロナじゃなければまだ、
人に助けを求めてたと思うのだけど
とにかく「隔離」という頭があるので
本当に誰のことも浮かばない!
(あとから、看護師の親友に「なんで呼ばなかったの?!感染対策して駆けつけたのに!」と言われて愕然。そんなこと考えもしなかった…)
とくに呼吸が苦しかった2日間は、
もう本当に呼吸をすることだけで必死!
よく、ヨガとかで「呼吸に意識を向ける」と言うけれど、強制的に呼吸にしか意識が向かない!(結果、過呼吸になり救急車)
買い物だけはお願いしていたので、
そこは困ることがなく本当に救われました。
ある日、買い物をお願いしたときに
車で去っていく友人を窓から見て
「ありがとう~」と呟いたら
自分でもびっくりするくらいボロボロ涙が出て、しばらくわんわん泣きました。
もう10日くらい寝込んでた頃だったかな。
その時まで「寂しい」なんて感情は
カケラも浮かんでいなかったのだけど。
来てくれた友人のことがありがたくて
でも姿を見たら、急に心細さと不安が溢れて。
ああ、わたし、ひとりで寂しいんだな~
と気がついてびっくりしました。
我慢する人って、こんなに感情を抑え込むのね!!(他人事のよう)
それと、咳がひどくて眠れなくて
30分くらいうとうとしては咳込んで起きる
を繰り返していた頃、すごくたくさん夢を見たんです。
それが、びっくりするくらい
もうとっくに忘れていた、過去の出来事を次々と。
誰かに言われて嫌だった言葉とか、
疎外感を持っていた人間関係とか。
それもどちらかといえば、思い出すほど大きな出来事じゃないようなことを夢に見るんです。
目が覚めたとき、だるい身体で
「ああわたし、あの時、嫌だったんだなぁ」
と、ぼんやりと思う。
心の奥のほうに澱のように沈んでいたものが、意識に上がってくるかんじ。
そのとき「うわ、これは浄化だな」と思いました。
(同時に、もっと楽な浄化方法はないんかいとも思いました
)
少し余裕がある時は、出てくる感情を
出来るだけ感じようと思って
その苦しさに留まることをしてみては
「ドMかな」と感じてました…。
そう。わたしは、コロナを通して
いくつかの望みを叶えていたんじゃないかと思うのです。
その①
この夏、ちょっとハードに働きすぎて
ほんとゆっくり休みたかった!!
もっと言えば今年に入ってカフェを代理営業した時から、ずっと忙しすぎた。。
その②
「感情を感じきる」を集中してやりたかった
その③
少し前にプチ断食をしたら調子がよかった
(コロナで10日ほど断食状態に)
その④
痩せたかった
(体重計なくてわからないけど一時は相当痩せて、ここ10年見たことがないくらいお腹ペッタンコでした。→すでに戻りつつある)
その⑤
嗅覚味覚障害という初体験、すごい。
HSPで、とくに嗅覚過敏なわたしは人生で
こんなに一生懸命、クンクンしたことがない。
感覚の一部を失うことで、他の感覚が研ぎ澄まされていくような何とも言えない感覚あり。
など。もっとあるかも。
ただ、もうちょっと違う方法で叶えられなかったのかオイ![]()
とは心から思うけどね!!!!!
まあでも強制終了ってこういうことだよね。
本当に今までになくしんどい経験だったけど、
回復してきたら、なんだか身も心も軽くなっているような気がする。
まだ3日くらいだけど、日々回復を感じて
出来ることが増えていくことの感謝。
嗅覚味覚障害が治ったら、
どんなに幸せ感じるだろう。
コロナに限らないけれど、
不自由な思いをしたときに
あたりまえの幸せを実感する。
無理やりなポジティブ変換ではなく、
じんわり、じんわりとね。
まだしばらくは、ゆっくりと
日常を取り戻していこうと思います。
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