わたしは自分の人生に
なんの後悔もないのだけれど、
普通になりたかったなぁ、って
ふと思うときがあって
そんなときは一瞬、胸がつんと痛む。
「普通」なんてものはないとわかってる。
だけど、この場合にわたしが思う「普通」は
20代で結婚をして
子供をふたりくらい産んで
子育てに奮闘しながら30代で家を建てて
40代では子育ても一段落
みたいなかんじ。
あ、うちの親の生き方だー。
子供の頃、
普通にならなくちゃと思ってた。
ということは、普通じゃなかったのね。
わたしにとっては普通のことを
よく笑われたり、いじられたりしたから
目立たないように、はみ出さないように
一生懸命 「普通だよ」ってふりしてた。
だけどその反面、
普通じゃイヤな自分もいつもいて
人と違うことをしたかった。
中学・高校くらいの頃
これがぐちゃぐちゃで、自分がわからなくて
もがいて悩んで、めちゃくちゃなことをしてみたりした。
17歳で卵巣の手術をすることになったとき
入院の前夜に、お風呂で
手術したら切られてしまうお腹を見て 泣いた。
高校の単位を落としてしまって、
同級生が卒業していく姿を見て すごく泣いた。
がんばったのにやっぱり
「普通」ではなくなってしまったと思った。
今思えば「普通」を諦めた
あの頃からわたしは、
自分らしく生きることが出来るようになっていったのだけどね。
胸が痛むのは、がんばってた頃の気持ちを
思い出すからなのかな。
わたしの思う「普通」を生きてきた人と話すと
ものすごくうらやましくて
ものすごく憧れて
ものすごく尊敬する。
だけど「普通」を生きてきた友人は
あゆみは自由でいいな
好きなことしててうらやましい
起業出来ちゃうなんてスゴい
とかって言うの。
ないものねだり、隣の芝だね。(笑)
「普通」なんてものはない。
わたしは、わたし以外の誰かにはなれない。
時々 心がひりひりしたとしても、
それも含めてわたしはわたしを生きている。
"あやしい彼女"って映画で
倍賞美津子さんの
「あたしはまた人生をやり直せるとしても
寸分違わず、同じ人生を生きるね」
って台詞が好きすぎて、何度も観てる。
そしてわたしもやっぱり
あーだこーだ言いながら
人生楽しんでるって実感があるよ。
「普通」じゃないわたしの心に触れる
大好きな齊藤さっこさんの曲
今週いっぱい募集してます!
選考結果は来週お知らせします
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