義母様は胃瘻も人工呼吸器も、IVHも、延命治療は拒否でした

食べられなくなったら終わり

胸水や腹水を抜くことも拒否でした

実際その時になったらどうか?と悩んだ事もありましたが

今回も、胸に水が溜まっても抜くことはしませんでした
どのみちまた貯まるし、低栄養の義母様は水を抜くのも命取り
痛い思いをするだけです

若い人なら選択することも、義母様はもうしませんでした


「ベッドの上からほとんど動けないのよ、がんの痛みもあるし。それで長く生きてる意味はあるの?」

よく言ってた言葉です

美味しくご飯も食べてたし、孫の成長もみてたけど
ベッド上だけの、痛みの伴う生活は、本人でなきゃ分からない苦しみがあったと思います

人にお世話されないと生活できない、それは別に嫌じゃなかったみたいけど🤣




食べれなくても点滴や胃瘻を入れないで、望んでないから

救急車の中で言ってました
虫垂炎がまた悪化したからドレーンを入れるだけだよ、そう話してました
きっとドレーンも入れたくなかったのかも






在宅の先生にも言われたことがあります


その選択をしている人を看取る時

何も出来ず、何も拒否され
ただ死に向かっていくのを見守るだけ

その覚悟があるのかと

その覚悟をもってほしいと

今回、膿はなく痛みだけだった場合
救急車を呼ばなかったのかわからないです

膿がすごいから救急車をよんで、少し入院してドレーン入れて帰ってくる予定でしたけど
結局虫垂炎と癌の両方が悪化してました


難しいですね

私は義母の選択を尊重できたけど、実父の時は輸血やIVHのポートを入れてもらいました…それは姉が望んだから

父の気持ちはわからないです
苦しみがさらに長くなっただけかもしれないし
私達と少しでも長くいたいから良かったと思ってくれていたかもしれないし



自分なら


考え方としては、自分ならそれを望むか

そこで決めました


ホスピスについてからメインの点滴もいれず
モルヒネのポンプだけ
効かないなら眠らせてもらうことに

最後は穏やかにいきました


高齢者で癌の末期、どこからが延命措置なのかわかりにくくて決断がしにくい
そこにきて義母と嫁という立場

お義父さんが亡くなってこの一年、色々な決断をほぼ嫁の考えだけでしてきました

この決断するということがとても重荷になっていた
いのちの責任の重さ


やり切った感がある私でも、あの時こうしていた方が良かったのか、と思う事は沢山

今回、最後に入院をさせてしまったせいで二日間は痛みで苦しんだと思う
膿がでていても仕方ないと諦めて看取りに繋げるべきだったのか


きっと何を選択してても後悔はするのかも
しばらくはこの鬱々とした気持ちを持ち続けるんだろうな