それこそトイレ行くのも惜しむくらい、1分でも1ページでも長く読みたくて、でも体が限界だから最低限の生活活動は、する。(あと鳥の世話も、する)
本はわたしの体験したことないこと、わたしの妄想では追いつかないところ、わたしの知ってることの外側のこと、いろんなことをわたしに教えてくれる。
ひたひたと本の世界に自分の意識を同調させているその時間は確実にわたしの「癒し」だった。
わたしが子どもの時に周りを見下していて、恐らくそれが原因でいじめられていたことがあったのだけれど、周りと意思の疎通が取れない苦痛の時期を何とか乗り切ることができたのは本とゲームのおかげだと思ってる。
束の間ではあるけれど、現実の苦痛から逃れ自分の世界に閉じこもることができていたから、次の日の朝気が重くとも何とか生きていられたのではないか。
しかし現実の世界に本当にわたしが必要としていたのは他人とのコミュニケーションで、それも大事に思う人とのコミュニケーションで、40年近く生きてきて愕然としたのはそのうち30年ほどはそのコミュニケーションが取れずに自分の内側に「病」を抱えてしまったことだ。
それほどにわたしは他人とのコミュニケーションを求めていたのか。と知ったことが「愕然」の理由か。
他人との関わりを絶って本を読む時間はわたしにとって癒しだ。
でも本ではなく他人とコミュニケーションをとることもまた癒しだ。
どちらが、ということではなく結局のところ「バランス」なのだろう。
そのバランスが崩れるから「病」むのだ。
そしてわたしは、今日も本を読む。