たいへんご無沙汰しております
ログイン自体がずいぶん久しぶりです
昨日、ふと思い出して
そう言えばこのブログの初投稿は
9年前の2/28だったんじゃないかしらと
たどってみたら2/27でした←おい
ちょっと(ちょっとでもないか)見ぬ間に
アクセス数の表示なんかも変わってて
過去3日分とか出るんですね
そしたら27日だけ
アクセス数が2桁になっているのがわかり
もしかしたら「9周年」の日に合わせて
ここを覗いてくださる方がいらしたのかな
なぁんて勝手な想像をして
ひとり幸せな気分になっていました
開店休業状態のブログですので
9周年を祝うモードでもありませんが
かと言って閉じる気にもなりません
今日びSNSを放置すると
アカウントを乗っ取られるとか
いろいろ物騒な話も聞こえてきますが
ここはそういったトラブルもなく
いい感じに世間から忘れ去られていて
いつでもへらっと帰って来られる
得がたい場所になっています
お家賃もかからず
なんてお得なこと
ウクライナの戦争が始まった一昨年
4月のブチャの事件のニュースを知ったとき
ブログにのんきなこと書いていることに
猛烈な自己嫌悪を感じ
以来投稿が間遠になっていたのですが
そんな「自意識過剰ゆえのブランク」さえ
私という人間の記録になっていて
この浅はかさがむしろ愛おしいと
このごろは感じます
このブランク中に
「素敵な言葉に出会ったときは
それを発した人の名前とともにメモする」
ということを始めました
心を揺さぶられたフレーズを
なんとなくニュアンスで覚えてしまうと
やがてなんとなく忘れてしまう
それはいかにも残念なこと
だから一言一句ちゃんと記録しようと
思い至ったのです
戦争に反対する唯一の手段は、
各自の生活を美しくして、
それに執着することである(吉田健一)
昨年春に知ったこの言葉が
ずっと心に引っかかっています
英文学者の吉田健一さんという方を
それまで全く知らなかった私ですが
「吉田茂の息子」とか
「大久保利通のひ孫」とか
そういうお血筋よりも遥かに
この言葉に重みを感じています
浅はかな私の日常でも
なんとか美しくしようと精一杯がんばる
それが平和を願うメッセージになり得る?
わかるようなわからないような
でも「自分にできること」って
実際そういうことなんじゃないかって
自分の「美しい日常」のひとつとして
たとえばこのブログに言葉をのせてみる
9周年の日から2日遅れて
それを再開してもいいのかな、と
思っているところです