すこし前のことなんですが、寝起きに息子が言っていたこと。


その日先に起きたわたしは、夢…  と、いつもはほとんどみない夢のことをぼんやり考えたりしていたのです。
何かあったなぁ。と。

後から起きてきた息子が、


「あー  充電切れるとこだったよ、マ〜マ〜」
「夢で見たんだよ〜もう少しだった〜 ほっ」


って、言ったのです。


夢の中で充電切れたらリアルも死ぬのか?

朝からそう考えたりしたものです。




うちの息子。
大人が、か、こども含め自分以外の人が、か、そこはデータ不足でわからないんですが、


みんなの感情が満タンになってるとこをピンポイントでついてくるのです。


言葉だったり、そう言う内容の絵本を借りてきたり、何かトラブルを起こしたり。


ピンポイントでついてくることで、みんなを我慢させないのです。


あふれさせて、しっかり感じさせて、次へ向かわせてくれる。
そんな感じです。

感情の断捨離、感情の整理、みたいなことを、させてくるのです。



わたしはそのおかげで、苦しかったけれどカルマと言われていることも、手離せてこれたのかもしれません。

えぐってきて、いやだーと思っていたんですけどね😅





お勉強頑張っています✏️






わたしがどんな人であろうが、こども達には堂々と生きて欲しい。




何かあったとき、こどもがいようがワンニャンがいようが結婚してようが、わたしはわたしの命を最優先してもいい。
そこに何も悪い理由はない。どんな人でも。


そのベースがある上で、わたしはこの命をどう使いたいか。


こども達やワンニャンや夫を優先させてもいいのではないか。
これは我慢でも自己犠牲でも自己肯定感の低さでもなんでもなく、どれだけかっこつけて終われるかを優先したっていい。


ひとつの命対ひとつの命ではなく、
全体を俯瞰でみたときに、
個性なく生きることって、実はとっても個性的なのではないかってこと。
個が全体になるのではなく、先に全体はあって、みんなの凸凹を補っていくことで全体が立体化してよりひとつひとつの凸凹が活きてくる、みたいな。



 語ってますね、わたし 笑



家族が大事だと言っていい。
家族と遊びたい。
3人のこども達やワンニャンを夫と一緒に育てていきたい。
お母さんとしてもあるけど、仲間、友達として共に過ごしたい。



小さいけど、それでいいのです。





今夜はゆっくりと眠ります。

みなさんも良い夢が見られますように。