バタバタな4月。
今までと変わりまくりの日常。
何よりも、息子が5年通った保育園を卒園し、幼稚園に通ったことで、慣れるまでの歩いての送迎。
帰宅も早くなり、
同じく始めたばかりのお稽古ごとへの送迎。
起床時間も早くなり、体力的にも精神的にも、
「ゆっくり寝たーい!だらだらしたーい!」
と声が聞こえています。
最近は疲れが悪循環になり、大声で怒鳴ったり、口悪女が顔出したりしていました。
例)
息子がお漏らししたまま帰っていたのを帰宅途中で気付いて、テンパって口悪女。
迎えて帰ろうとすると洋服が朝と変わっていたので、「今日はお着替えしたんだね」と声をかけました。
すると、息子は
「お漏らししちゃった」
と答えました。
それでわたしは
「そっか、それでお着替えしたんだね」
と言いました。
「どうしてお漏らししたの?」と聞くと、
お片付けで順番待ちしているうちにトイレに行きたくなり、ギリギリ間に合わなかったらしいのです。
先生や友達には恥ずかしくて言わなかったと。
「そっかー」
といいながら、そのまま歩いていると、自宅も見えてきたころになんだかにおいが…
身体をきれいに拭かなかったからにおいが残っちゃったのかな、と思っていましたが、
よくみると、タオルがズボンの下からはみ出していて、おしっこ…と言うのです。
おもらしして、そのタオルで汚れたところを一生懸命拭いて、それをズボンに挟んで隠していたらしいのです。
お着替えは、園庭で遊んで汚れたから着替えたと。
テンパるわたし。
よくみると、水筒で隠れていただけで洋服の前の部分が上下濡れていました。
テンパりながらも、話しを聞くと、
その状態で、先生に別の件で叱られて、面と向かって話しをしていたと言うのです。
どこまで本当かはわかりませんが、
なんと言うか、
先生の誰にも気付いてもらえなかった悲しさ、
息子の言っていることをすぐに理解できなかったこと、
わたしがお漏らしが苦手なこと、
おもらしして、着替えることができなかった息子へのショック、
頼る人がいないんだな、という状況、
慣れたようで誰にも話さなかった息子。
いろいろ重なって、気持ちのコントロールができませんでした。
先生のせいにするつもりはありません。
これが、「今」だ、と。そう思ったのです。
「今」の話しを聞いていないのはわたし。
わたしは、いろいろ生活面を教えるのがお母さんの仕事だと思って、息子に口出しが多くなっていました。
幼稚園に行ったことで、勝手にプレッシャーを感じていたのかもしれません。
自分でできることはする、
できないことはお願いする
1人にならない。
娘にはそうは思わないけど、息子にはそれが必要な気がして、人にイヤと思われたら助けてもらえない気がして、きたなくないようにしないと…と100倍速くらいでいろいろと考えてしまっていました。
この子は大丈夫。
わかってる。
でも、母親になって、なんだかいろいろごちゃごちゃしてしまうことが多くありました。
主人に対しても。結婚したから、同じように。
女の部分で、『取り扱い調整中』なことがいろいろ出てきたんですね。
「個人」として素晴らしい人達と暮らしているのに、何かを見失ってしまう。
女性でもあり男性でもあり、『わたし』 の愛情の表現の仕方を感じ見つけるのに、模索していたんでしょう。
わたしの願望や希望はもう、ほとんどない。
誰かの願望や希望を叶えるために生きていきたい。
誰かの願望や希望を叶えるためのわたしの願望や希望がある。
言いなりじゃない、自己犠牲じゃない。
たくさんの素晴らしい「個性」が活かされる場所でありますように。
白だろうが黒だろうがグレーだろうが…
女性としての感性がみんなのなかで、すくすく元気に育ちますように…