お金はある。



母の影響もあったけど、
そう認めてから、セールやお買い得に振り回されず、買いたいもの必要なものを買いたい時に買いたいものを買うように。


ここ数年そういう流れではあったけど、大金をバンバン使いたいわけではなく、お金を使える、やりたいことと交換できるという、生き生きした心動くものに喜びを感じたり、感動する。





家の大掃除も、いろいろ工夫したことに成果が出て、とても楽にできるようになった。



なんだかそれが自分自身のように思えて、掃除ばかりしなくても大丈夫、浄化ばかりしなくても、弱い弱いと悲しくならなくても大丈夫、という、軽やかなものを感じる。





波に乗ってる。
これから来るぞ。



と、何かわからないものにドキドキワクワクしながら、毎日動いている。
動いているといっても、気ままに買い物したり掃除したり歩いたりしてる。




波に乗れているのか不安で、答え合わせのためにブログを読みあさったり、ネットで調べたり、本を読んでいた時とは違う。




今。


今こうでも、大丈夫。





うちなーんちゅなので、基地の問題も無関心ではない。


でも、正直、辺野古の座り込みを一緒にやりたいとは思わない。


作業員、従業員と戦うことが平和につながるのか、そうは思えない。




自然が大事なんて、命が大事、と同じくらいわかってる。








そして、もともと数少ない友達でも、男友達が多い方だったけど、最近は男の楽しさを認められる。
「男」と言う、知らないものが楽しい。


女性性を大切に、と言うけど、男を否定することではない、と思っている。
男の楽しみを、生き方を、楽しむのだ。





わたしは人生の波に乗っている。
誰に答え合わせしなくても。

応援してくれる人、落ち込んだ時困った時に話せる人もいる。



誰かに認めてもらわなくても、褒められなくても、わたしはわたしの人生を生きられている。




このことに気付いただけで、生きていることに自信が持てた。


それでいいんです。