昭和20年代 30年代 生まれの方の 親は(昭和一桁生まれか大正生まれ) 勉強したくても 上の学校へ 行きたくても 行けなかった親です。
一般的に言われる 学歴が 無い親です。
学歴社会で 差別 又は不利益をうけて (ちょっと 言い過ぎかな)
ひたすら 働いた方々です。
ですから 自分の子どもには高学歴を望んでのです。
20年代 30年代 (40年代も少し入るかなぁ)生まれの方々は 親に 勉強するように言われた年代です。 それに 人数も多いので 競争も激しかった。
高度経済成長の中で 子どもも 親も ひたすら走り続けて 。
学校の成績も しっかり 順位を付けられ、 (クラスで 5.4.3.2.1 と 付ける割合が決まって居たから)・・・・・これは つい 10年ほど前まで 続いて居ましたが) 必ず 誰かに 1 が付くのです。
その 20年代 30年代の 方々の 子ども達が 40年代 50年代 60年代 生まれになります。
自分たちが(20.30.40) 勉強 勉強と 言われ続けたから 子どもには そんなに勉強をしなくても良いと言いだしたのです。
家庭内で何かあると 「勉強 勉強と うるさく言うからよ」
と 何か問題が起こると 勉強のしすぎ 勉強だけが人生じゃぁない
と いう 時代になったのです。
それから 平成に入って 更に加速して ゆとり教育なんて事が起こった。
勉強をしない事に 理由を与えて 甘やかしてしまったのよ。
競争はいけないとか みんなが 平等で無ければいけないとか。
平等とは 与えられたチャンスが平等であることでは無いかしら?
その結果は それぞれの努力 能力で違いがでて当たり前。
競争のなかで 自分の技術や 能力を磨くこと 目標を達成するにはどのようにしたらいいのか。 の 術を学ぶこと。
そして 自分の能力と 興味で 将来の道を見つけること。
上手に出来れば 自信がもてて その道に進むでしょう。
努力をしなければ 喜びも無いし 悔しい思いをしなければ工夫も生まれない。
小学校から 学習成績に 順位を付けなくなったのは 良いことだと思う。
(私 子どもの時 1を付けられる同級生って どんな気持ちだろうって思っていたから)
書き出したら ちょっと 混乱してきたわ きょうは 此処までにしよう。
(年代は ずれも 有るかもしれません その時は ごめんなさい)
大分の事件で
子どもが混乱するから 解雇は 年度末とかにして欲しい。と
え? 混乱しても 子どもには 不正はいけない と しっかり 見せるべきでしょう
先延ばしは かえって傷が深くなるように思います。
雨降って地固まる で 親がしっかり対応して欲しい。
どんなに困難な事が有っても 親がしっかり受け止めれば 乗り越えられます。
PTAが有るはずです。
それの 存在意義を生かして欲しいです。
親が 環境の変化に あたふたしないで 親の力を示して欲しい。
残った教員で それこそ団結して 対応して欲しい。
ピンチはチャンスとして 乗り越える力も 付けて欲しい。
人間がすることですから 間違いもいっぱい有ります。
子どもにとって 良い環境は 間違いを直すことが出来ること
やり直すことが出来ること
澄んだ水に魚を飼うことではないと思います。
混乱しても 親も教育者も 子どもも話し合って 進んで欲しい。
決して無駄にはならないと思う。


