




これまで久美子様が長田神社様を思ってお掃除されてきたお気持ちまで、否定されたわけではありません。
ただ、神社には神社の決まりがあり、氏子の皆様が担っておられる役割もあります。
特に拝殿内や本殿周りについては立ち入り禁止となっているとのことですので、今後はその決まりを守りながら、神社様が必要とされている形でお力添えをしていけばよいのだと思います。
せっかく神社を思って奉仕したいというお気持ちがあるのであれば、神社側が必要としている場所や形で、そのお力を生かしていただけたらいいのではないでしょうか。
今回のことは「終わり」ではなく、むしろ長田神社様との関わり方を改めて知る機会だったのではないでしょうか。
もし久美子様のお気持ちが落ち着きましたら、「これまで知らずにお掃除させていただいていた部分がありました。申し訳ございませんでした。今後は神社様の決まりに従いたいと思います、私にお手伝いできることがございましたら、教えていただけますでしょうか」と、素直なお気持ちをお伝えしてみるのもよいと思います。
大切なのは「これからどうすれば、長田神社様のお役に立てるだろう」と気持ちを前に向けていくことです。
これまで長田神社様を大切に思ってきた久美子様のお気持ちは、今回のことで無かったことになるわけではありません。
神社様へのご縁は、一度の出来事で終わってしまうようなものではなく、これからの関わり方の中で、少しずつ育てていけばよいのだと思います。
これからは長田神社様の決まりを尊重しながら、久美子様にできることを探していきましょう。
どうか今回のことで、ご自分を責めすぎないでくださいね。
「間違えてしまったから終わり」ではなく、
「これから気をつければいい」
それでよいのだと思います。
スピリチュアルサロン
AKE&TAKU
瑛泉
私は、あの立て札が
神様の意図、意志だったのだと
気付かされました
そして、私はこれも先日アップした
こちらのブログの中に載せた
マザーテレサのメッセージを思い出しました
https://hama-sush-jp.pro/kkshm125/entry-12975671229.html

今になれば
私が瑛泉先生のメッセージに
自分の心が変わったことを返信すると
このやうなメッセージをくださいました
久美子様へ今回のことで「一度初心に戻ってみよう」と受け止めておられること、とてもよいことだと思います。
10数年前にいただいた「何も出来ない人になりましょう」というお観音様からのメッセージを、今回の出来事を通して思い出されたのですね。
この言葉は、何もしない人になるという単純な意味ではなく、もしかすると「何かをしなければ」「自分が役に立たなければ」と力を入れすぎず、ただその場にいて、受け取ることも大切ですよ、という意味にも繋がっているのかもしれませんね。
ですので、しばらくは境内のお掃除や手水舎のお水替えなどを無理にしようとせず、まずは初心に戻って、長田神社様へ静かにお参りするだけでも十分だと思います。
そして、もし神社様から「ここをお手伝いいただけますか」とお願いされることがあれば、その時は喜んでお手伝いすればよいのではないでしょうか。
「自分から何かをしなければ」という気持ちを一度手放して、神社様とのご縁をもっと自然な形に戻していく機会なのかもしれません。
そして、関羽様のことですが、これまでお伝えした通り、感謝のお気持ちを伝え続けることでよいと思います。
何か特別なことをしなければならない、何かをお願いし続けなければならない、ということではありません。
「いつもありがとうございます」 「お見守りいただきありがとうございます」そのように感謝をお伝えするだけでも十分だと思います。今回の長田神社様の件も、関羽様の件も、共通しているのは「何かをしなければ」というお気持ちよりも、感謝して、相手の意思を尊重して必要な時に動くということなのかもしれませんね。
今回の出来事をきっかけに、10数年前のお観音様のお言葉をもう一度思い出されたことにも何か感じるものがあります。
スピリチュアルサロンAKE&TAKU瑛泉
関羽さまのことは
また今度のブログででも
おはなしさせていただきます![]()
今回の気づきを受け取って





