こんにちは。アーティフィシャルフラワー教室
リーフグリーンの田辺りつ子です。


父を偲び綴ります

なぜ父が毎日家で普通に過ごせることが何よりも幸せだと言っていたのか


父がよく口にしていた言葉
それは「毎日、家で普通に過ごせることが幸せ。満足だよ。」です。




私は、その言葉を聞いても、何か恩返しがしたくて、
「そうは言っても、これを食べたい!ここへ行きたい!とか、何かあるんじゃない?教えて。買ってくるし、連れて行ってあげるから」となにかしたくて、うずうず、、問い詰めてました🤭


(舌癌の時の病院にて)



旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、
何か特別なことがあるほうが幸せなんじゃないのかな〜と思う私。

でも父を見送り、これまでの人生を振り返ってみて、今になって、ふりかえるとようやく、この言葉の重みがわかるような気がしています。

父が「普通に暮らせること」を何より幸せだと思っていたのには、理由がありました。

それは、阪神・淡路大震災です。

定年を目前にして、ようやく家のローンを払い終えた、その矢先のことでした。

震災で祖父の家は半壊。
建て替えることになり、父と母は祖父との同居を始めました。

そして、一度は払い終えたはずの住宅ローンを、
人生の後半からもう一度背負うことになりました。

「定年したら、ゆっくりしたかったんだけどなぁ」

そうつぶやきながらも
「働ける間は働くよ」と言って働き続けた父。




今振り返ると、本当によく頑張ったと思います。
だから父にとっては、贅沢をすることや旅行へ行くこと以上に、家があって、そこで家族と普通の毎日を送れること。それ自体が、何よりありがたいことだったのでしょう。


それでも、父は大変だったことを暗い話にはしませんでした。
たまに家族でお酒を飲むと、
「よし!みんなをハワイに連れて行ってやるぞ!」
なんて冗談を言って、みんなで大笑い。


大変なことさえ、いつの間にか家族の笑い話に変えてしまう人でした。
もちろん、本当は辛いこともたくさんあったと思います。




それでも子どもの私には弱音を吐かず、
起きたことから逃げずに、一つひとつ向き合って生きていた父。葬儀を終えて、そんな父の姿を何度も思い出しました。


そして今、父から教えてもらったことがあります。


人生には、自分ではどうすることもできない出来事が起こります。
でも、その出来事をどう受け止め、その先をどう生きるかは、自分で選ぶことができる。

辛かった経験も、いつか自分を支えてくれるものに変わることがある。

そして何でもない一日を、「今日も幸せだった」と思えることは、実はとても豊かなことなのかもしれません。





「毎日、家で普通に過ごせることが幸せ。満足だよ。」お父さん。
今になって、その言葉の意味が少しわかったような気がします。

大切なことを生き方で教えてくれてありがとう。


田辺りつ子