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このブログに度々

登場してくれている我が家の2人娘。

 

 

 

 

実はこの2人の名前には共通する

「一文字の漢字」が使われている。

 

 

 

 

 

それが「和」だ。

 

 

 

 

 

 

 

ある情報筋から、

平成の次は「令和」になることを

随分前から聞かされていた。

 

 

 

 

それこそ上の娘が現在6歳だから、

それよりもずっと前に。

 

 



 

そのため、時代を先取ろうと目論んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

そうだ。嘘だ。

これはまぎれもない

嘘である。

 



 



 

今年のエイプリルフールには

嘘をつかないと誓う。


嘘を前借りしたと思って、

許して欲しい。






 

ごくごく普通の家庭で育った私だ。

 

 

 

 

 

元号が「令和」になるなんて、

そんな重大な情報、知るわけがない。

 

 

 

 

権力を行使してできることと言えば、

せいぜい近所のスーパーで

仲のいいおばちゃんに、

割引券を多めにもらうことくらいだ。

 

 

 

 

 

 

だから、元号が「令和」になり、

「和」が使われていると判明した時、

すごいねえ!と家族みんな大興奮だった。

 

 

 

 

 

さて、「和」の使用理由については、

ここからが本当の話。

 



 

2人の娘の名前に

なぜ「和」を入れたか。

 

 

 

 

それは「和」には、

実にたくさんの素敵な意味が

含まれているからである。

 

 

 

 

 

 

「足し算(総和)」の「和」。

 

 

 

「和む」の「和」。

 

 

 

「大和」の「和」。

 

 

 

「平和」の「和」。

 

 

 

 

 

 

こんなふうに「和」とつく日本語の、

実に素晴らしいことよ! なのだ。

 

 

 

 

 

それにシンプルに

「わ」という響きもたまらない。

 

 

 

 

 

「環」だとか「輪」だとか、

なんだかぐるっと一周する世界観があるし、

人が「わ!」と大きく発音する時、

非常に豪快でハッピーな表情をしているからだ。

 

 

 

 

 

と、ここまで紹介してきた

「和」の魅力について。

 

 

 

もうひとつ、

決して忘れてはならない

「和」のつく言葉がある。

 

 

 

 

 

そして、この言葉こそが「和」をつけた、

最大の要因でもある。

 

 

 

 

それが、

「調和」の「和」だ。

 

 

 

 

 

「調和」が表す日本語の意味は、

「全体が具合よく釣り合っている様」である。

 

 

 

つまる話、2人の娘が、

 

「物事をフラットに

見られる人間になりますように」

 

そんな願いを込めたわけである。

 

 

 

とは言っても、

この「物事をフラットに見る」とは、

案外、意味が漠然としている。

 

 

 

フラットってなんやねん、と。

フワットしててモヤットするわい、と。

 

 

せっかく込めた願いも、

いつか娘たちに聞かれた時、

このままでは説明がつかない。

 

 

 

 

 

そんなわけで、言葉の解像度を上げるべく、

「フラットに物事を見る」

とはどういうことか、超訳を試みたいと思う。

 

 

 

 

「フラットに物事を見る」とは、

具体的な事例で言えば、

こういうことではないだろうか。

 

 

 

 

 

「嫌いな人がやった

良いことは

良いと判断できる

自分でいよう」

 

 

 

 

これだけたくさんの人が溢れたこの世界。

 

 

 



嫌いな人間がいることはしょうがない。

 

 

 

 

正直、僕にもいる。

 


ぽんぽんぽんと何名かの憎たらしい顔が、

容易に思い浮かぶ。

 

 

 

だけど、その「嫌い」という感情に

囚われてしまうと、

その人が何をやっても、むかついたり、イラついたりしてしまわないだろうか。

 

 

 

例えば、そいつが電車でおばあさんに席を譲っていたとしても、

「良い人に思われたいのかしら?

嫌な感じー」

とさえ思ってしまうかもしれない。

 

 

 

それこそ、

そのひねくれっぷりが、嫌な感じー、だ。

 

 

 

「嫌いな人がやった良いことは、

ちゃんと良いと思える自分でいること」



「悲しい出来事の中にまぎれた楽しいは、

ちゃんと楽しいと思える自分でいること」




「不幸の中に潜んだ幸せは、

ちゃんと幸せと認識できる自分でいること」



これがフラットに物事を見るということ。





世界をフラットに見ると、

どんなネガティブなことにも、

ポジティブを見出すことができる。




極端なことを言えば、

雨つぶと雨つぶの隙間は、

常に晴れなのだ。

 


だって、その隙間は濡れていない。

 



 

例え、相手のことが嫌いだろうが、

その人が誰かを喜ばせていたり、

感謝できる行動をしてくれたりしたら、

それは素直に称賛できる自分でいたいなと思う。

 

 

 

 

 

これは逆に言えば、

 

「好きな人がやった

悪いことは

悪いと判断できる

自分でいよう」

 

 

とも言えるわけだが。

 

 

 

 

とにかく、娘たちが、

そんなふうにフラットに物事を見られる人間になってくれたら嬉しい。

 



あとは、お金持ちの旦那さんを見つけてくれさえすればそれで十分だ。



 

「フラットに物事を見ること」に関しては、

この記事も参考にされたし。

 

 

 

 

 

 

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