世界では未だに戦争が起きている。

 

 

ところで、この戦争が起こる「厳密な原因」を、みなさんはご存知だろうか?

 

 



経済的な理由? 


いやいや、宗教的問題?


それとも、土地の奪い合い?


もしくは、歴史的背景?

 

 

 

実は、そのどれとも違う。

いや、違うと言うか、

そのどれかひとつに

特定できない。

 


 

それに、戦争の厳密な原因を答えられる人は、この世に1人もいない。

 

 

 

なぜなら、戦争が始まったたった1つの理由など、存在しないからだ。

 

 

 

「マッチを擦れば(原因)、

火がつく(原因)。

こんなふうに、

シンプルにひとつの原因を

決定づけられないのが戦争」

 

 

 

そう著書で語るのは、大正大学の教授であり、「平和研究」をされる星川啓慈さん。

 

 


 

ここにいつまでたっても戦争がなくならない理由がある気がしている。

 

 

 

なぜって、「始まった理由」が明確に分からないのに、終わらせられるわけがない。

 

 

 

 

ひるがえって我が家の夫婦喧嘩はシンプルだ。

 

 

 

妻が悪かろうが、こちらが悪かろうが、

原因が妻にあろうが、僕にあろうが、

どちらにせよ僕が謝って終わるからだ。

 

 

無条件降伏。

 

 

これが、夫婦円満の秘訣。

 

 

おかげで、呼吸をするように、

「ごめんなさい」が言えるようになった。

 

 

いや、今では呼吸をしながら、

「ごめんなさい」が言える。

 

 

これぞ全集中「ごめんなさい」の呼吸だ。

そして、私が何を隠そう「謝罪柱」である。

 

 

 

それに夫婦喧嘩とは、

「仲直りするための争い」という、

なんとも平和的側面もある。

(もちろん、そういう

場合じゃないこともあるが)

 

 

 

ところが、世界で起こっている戦争はそういうわけにはいかない。

なぜなら仲直りするために争ってはいない。

 

 

負けたほうが圧倒的に不利な状況に追い込まれる血肉の争い。

 

 

それなのに、「根本的な原因が分からない」ときた。

 

 

これはまるで犯人がそもそもいない事件の「犯人探し」をする、という謎の構造をしている。

 

 

名探偵コナンや金田一少年の推理力をもってしても事件の迷宮入りは必至だろう。

 



実に謎である。

 

 

だからこそ正直、どうすれば戦争がなくなるのか、なんて分からない。


 

専門家でも分からない問題を、一介の編集者が解決できるはずもない。

 

 

 

ただ理想だけを持つのは自由だ。



だからここからは、僕なりの平和的理想論を述べてみたいと思う。

 

 

ここからはあくまでも僕の主観だ。

 

 

 

まずファーストステップとして、

戦争はなくならないとあきらめてみること。

それは、この記事でも書いた。

 

 

 

 

 

その上で、「やり方」を変えてみては?

と思うのだ。

 

 

つまり、「なくならない」と諦めて、

「どうせやるなら、こうやろうよ!」と、

やり方を変えてみる、ということだ。

 

 

しかもその「やり方」が、

どっちが勝ちで、どっちが負けか

分かりにくい「やり方」なら、

なおのこといいと思う。

 

 

 

そんな思いに至ったのは、

甥っ子と姪っ子による取っ組み合いのケンカの仲裁に入った時のことである。

 

 

 

2人は文字通り、取っ組み合いをしており、姪は爪をたて、猫娘のように甥っ子に攻撃。

 

 

甥っ子の顔からは流血すらしていた。

 

 

ヒートアップしすぎた2人を止めようにも、一度ふかしたエンジン。

 

一向に勢いはおさまらない。

 

 

そこで僕は今思えば、

何故か分からないが、

2人にカンチョーをした。

 

 

「エンジン」と言えばケツから排気が出る、という浅はかな考えから、だとは思う。

 

 

とにかく、僕は「カンチョー!」と言いながら、2人に強烈なカンチョーを喰らわせた。

 

 

すると、意外な光景が目の前に現れた。

 

 

なんとカンチョーを

された2人が、

笑い始めたのだ。

 

 

 

どうやら僕の「カンチョー」の言い方が楽しかったらしい。

語尾が気分上々の世界観を持ったリズミカルな「カンチョー」。

 


たったその一言で、

さっきまで取っ組み合いをしていた2人の怒りが

嘘のように晴れ、笑顔すら見せている。



そこにはもう、どっちが勝ちで、どっちが負けか、そんな価値観はなくなっていた。

 

 

「戦争」と「兄弟ゲンカ」を一緒にするなと言われればそこまでだ。

本当にその通りだと思う。

 

 

だが、どうせやるなら楽しいやり方で。

そんな世界になったらいいなぁ、

と本気で思う。

 

 

オリンピックの起源も、たしか

「国同士の争いの勝敗をスポーツで決めよう」

としたことからではなかっただろうか。

 

 

やってやれないことはないと思うのだ。

だからこそ、まずは身近なところから。

 

 

 

夫婦喧嘩に、友人との痴話喧嘩。

身近な喧嘩だけでも、どうせやるなら「楽しいやり方」で、を実践してみたいと思う。

 


 

最後に、「花火」にちなんだなんとも素敵エピソードがあるので紹介させて欲しい。

 

 

夏の風物詩となっており、

平和の象徴とも言われる、あの花火だ。

 

 

実は、あの花火、

「武器として使っていた火薬を、空に打ち上げて見世物にした」

のが起源らしいのだ。

 

 

火薬ひとつとっても、

やり方(使い方)ひとつで、

人を殺すこともできるし、

人の心を生かすこともできるのだ。

 

 

 

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